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第一章 生贄の偽神子
日本国、時は大正。
七年前に日本国全土に吹き荒れた大型颱風の被害の爪痕はすっかり見られなくなったが、この国は現在も度重なる颱風被害に悩まされている。
先だっても中型の颱風が大陸に向けて通り過ぎ、街の人々は、屋根瓦が飛んだ家の修理や、倒れた樹木の処理などに追われていた。
「これは見事にポッキリといったものだ」
折れた木を切っていた大工の青年に、近所に住む老人が声をかけた。
「もう少し角度が悪ければ、我が家は屋根から潰されていましたよ」
大工の青年が手を止めて肩を竦める。
「この国は颱風や大雨が多いけど、風雨を操る龍神に守られていて、大きな被害は起こらないという話だったんじゃないんですか?」
溜め息交じりにそういった青年の声が聞こえたのか、屋根を修理していた中年の男性が会話に加わった。
「昔は守ってくれてたのさ。それが七年前ぐらいから、加護をくれなくなったらしい。神子は変わらず毎月菓子を捧げているというのに、怠慢もいいところだよ」
「役立たずのくせに、あんな立派な神社に祀られてるんでしょう。さすが神様。いいご身分ですね」
中年男性と青年男性が文句を言う様子を、老人が静かな声で諫める。
「あまり青龍様を悪く言うのではない。七年前の大型颱風では先代の青龍様がお亡くなりになり、今はそのご子息が跡を継いだと聞いている。先代の青龍様は気の良い方で、よく街に下りてきて、住民たちと話をなさったり、買い物をなさったりしておられたのだよ。今から思えば、あれは、我々の様子を見に来てくださっていたのだろうなぁ。でも、今の青龍様は……」
遠い目をする老人の言葉を、中年男性が諦め口調で継いだ。
「人嫌い、なんだろ?」
「だから助けてくれないんですか?」
青年の問いかけに、中年男性が頷く。
「龍の加護が期待できない今、七年前と同じぐらい大きな颱風が来たら、どうなっちまうんだろうな」
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