928人が本棚に入れています
本棚に追加
*
カフェーロイアルの女給たちの控え室で、琴絵は自分のエプロンを見つめて途方に暮れていた。
昨日、持って帰るのを忘れてしまったエプロンは控え室の中に残っていたものの、鋏でずたずたに切り裂かれていた。
(これから仕事なのに、どうしましょう……)
支配人に頼んで予備のエプロンを貸してもらおうか。
けれど、どうしてこんな状態になったのだと聞かれたら、ややこしいことになってしまいそうだ。
悩んでいたら、
「あら、琴絵さん。お疲れ様」
同僚の女給、耀子が部屋に入ってきた。
「耀子さん。お疲れ様です。休憩ですか?」
「ええ、そうよ……って、どうしたの? そのエプロン!」
琴絵の手元を見た耀子が目を剥く。
「遅出で出勤したら、昨日忘れて帰ったエプロンがこうなっていたのです」
困り顔で説明すると、耀子は「ひどい!」と憤慨した。自分の荷物の中から急いで別のエプロンを取り出し、琴絵に差しだす。
「きっと胡蝶さんと取り巻きたちの仕業ね。今日は私のエプロンを使えばいいわ」
「お借りして良いのですか?」
「ええ。それ、予備のものなの」
にこりと笑って琴絵の手にエプロンを押しつける。琴絵は感謝の気持ちで、耀子に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「私、胡蝶さんたちからの嫌がらせに負けずに頑張っている琴絵さんのこと、応援しているの」
耀子に励まされ、胸が熱くなる。
琴絵は手早く借りもののエプロンを身に着けると、耀子にもう一度「お疲れ様です」と挨拶をして控え室を出た。
最初のコメントを投稿しよう!