1024人が本棚に入れています
本棚に追加
「お待たせ致しました」
一礼して顔を上げる。見目のいい青年と、取り巻きらしき若者が二人、琴絵を待っていた。
琴絵は彼らの顔に見覚えがあった。
青年は俳優志望の三ツ橋涼介。
取り巻きの一人は尼野といい、もう一人は小松田といっただろうか。
彼らはこの店の常連である、自称脚本家・邨瀬吉二の腰巾着だった。
(この方たちは、胡蝶さんのお客様では……)
カフェーロイアル一の人気女給であり、ダンサーの古河胡蝶の顔を思い出す。
琴絵は彼女に目の敵にされている。
琴絵のエプロンをずたずたにしたのも、彼女の仕業に違いない。
勝手に胡蝶の得意客の接客に付くと、何をされるかわからない。
戸惑っている琴絵に気付いたのか、三ツ橋が、
「胡蝶さんならいないよ。今、邨瀬さんと踊ってるから」
と天井を指差した。
カフェーロイアルの二階はダンスフロアになっているのだ。
三ツ橋が琴絵の手を取った。強引に引っ張られて、否応もなく彼の隣に腰を下ろす。
「寂しい僕たちをもてなしてよ、琴絵ちゃん」
肩に腕を回され、顔を近づけられた。かなり酒が入っているのか、息が臭い。
指名客を邪険にすることもできず、琴絵は努めて笑顔を浮かべ、ビールの瓶を手に取った。
「お酒をお注ぎいたします」
三ツ橋のグラスにビールを注ぐ琴絵を、尼野と小松田がにやにや笑いながら見ている。
「三ツ橋さん、その子、琴絵って言うんですか?」
「結構上玉ですね」
「そうだろ? 胡蝶さんよりも若いし、可愛い――」
三ツ橋がそう言いかけた時――
最初のコメントを投稿しよう!