第一話 身代わりの花嫁

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「お待たせ致しました」  一礼して顔を上げる。見目のいい青年と、取り巻きらしき若者が二人、琴絵を待っていた。  琴絵は彼らの顔に見覚えがあった。  青年は俳優志望の三ツ橋涼介(みつはしりょうすけ)。  取り巻きの一人は尼野といい、もう一人は小松田(こまつだ)といっただろうか。  彼らはこの店の常連である、自称脚本家・邨瀬吉二(ルビ:むらせきちじ)の腰巾着だった。 (この方たちは、胡蝶さんのお客様では……)  カフェーロイアル一の人気女給であり、ダンサーの古河(ふるかわ)胡蝶の顔を思い出す。  琴絵は彼女に目の敵にされている。  琴絵のエプロンをずたずたにしたのも、彼女の仕業に違いない。  勝手に胡蝶の得意客の接客に付くと、何をされるかわからない。  戸惑っている琴絵に気付いたのか、三ツ橋が、 「胡蝶さんならいないよ。今、邨瀬さんと踊ってるから」  と天井を指差した。  カフェーロイアルの二階はダンスフロアになっているのだ。  三ツ橋が琴絵の手を取った。強引に引っ張られて、否応もなく彼の隣に腰を下ろす。 「寂しい僕たちをもてなしてよ、琴絵ちゃん」  肩に腕を回され、顔を近づけられた。かなり酒が入っているのか、息が臭い。  指名客を邪険にすることもできず、琴絵は努めて笑顔を浮かべ、ビールの瓶を手に取った。 「お酒をお注ぎいたします」  三ツ橋のグラスにビールを注ぐ琴絵を、尼野と小松田がにやにや笑いながら見ている。 「三ツ橋さん、その子、琴絵って言うんですか?」 「結構上玉ですね」 「そうだろ? 胡蝶さんよりも若いし、可愛い――」  三ツ橋がそう言いかけた時――
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