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「あら、ひどいおっしゃりようですこと」
頭上から高飛車な声が聞こえた。
どきっとして顔を上げると、いつの間に戻ってきたのか、胡蝶が腰に片手を当て、琴絵を見下ろしていた。
胸元の開いたドレスを着ていて、髪は結い上げている。まつげが長く、垂れ気味の目もとは色っぽい。
隣には五十絡みの男性が立っている。すらりとした胡蝶よりも背が低く小太りなこの男性が、邨瀬吉治だった。
「嘘ですってば、胡蝶さん。カフェーロイアルに胡蝶さんより綺麗な子はいません」
三ツ橋が琴絵から手を離し、慌てた様子で調子のいいことを言う。
胡蝶は「ふん」と鼻を鳴らすと、琴絵の着物の胸元を掴んで、椅子から立ち上がらせた。
そのまま突き飛ばされ、よろめいた琴絵は床に倒れた。
「違う子を呼ぶなんてひどいわ、三ツ橋さん」
「胡蝶さんが邨瀬さんのお相手ばかりするから、寂しかったんですよ」
「ふふ、ごめんなさい。私、邨瀬さん一筋だもの」
胡蝶が邨瀬に色っぽい流し目を向ける。
邨瀬は笑みを浮かべて、胡蝶の手を取り、二人並んで長椅子に腰を下ろした。
「胡蝶に構ってもらおうなんて、百年早いよ、三ツ橋君」
床に膝をついていた琴絵は、彼らの会話の邪魔をしないよう、静かに立ち上がろうとした。
その後頭部に、胡蝶が、三ツ橋のグラスに入っていた酒をぶっかける。
「ぬるくなっているみたいよ。早く新しいお酒をお持ちして」
琴絵の髪の先から酒が滴り、襟足を濡らす。琴絵は表情を変えずに立ち上がり、四人に向かって丁寧に頭を下げた。
「はい、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
「胡蝶さん、やりすぎだってば」
「あら、そうかしら? 後輩を指導しただけだけれど」
「先輩は怖いなぁ」
胡蝶と三ツ橋たちの笑い声を背中で聞きながら、琴絵はバーカウンターへ向かった。
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