紫苑の花

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バイクを飛ばして飛ばして、ようやく昨日の海に辿り着いた。 やることは決まっている。 どんだけ許せなくても、どんだけふざけんなと思っても、これだけは。 約束したわけでもない。 頼まれたわけでもない。 ただ、昨日のあいつのセリフは、きっと今日この時のためのものだったのだろう。 スピードを出しすぎたせいで少し萎れてしまった紫苑の花。 確かに、小さくて可愛らしい花だよ。 あいつがいつも持っていたから、こんなにまじまじと見る機会なんてなかったから気が付かなかったけれど、どことなくあいつの雰囲気と似ている。 存在自体は控えめなくせに、主張ははっきりとしている。 「・・・忘れない、か」 忘れるわけはない。 むしろ、引きずり倒すだろうよ。 お前がドン引きするくらい長い間、強い想いで。 でも、俺はお前に会いたいからとかそんな気持ちで同じように死んだりはしない。 よく、「人は2度死ぬ」なんていうよな。 1度目は、生物学的な死。 2度目は、人から忘れ去られたとき。 だから俺は死なない。 お前のことを2度も死なせはしない。 奇しくも、この花の花言葉のように。 忘れない。ずっと。想い続ける。 花屋の店員がわざわざ綺麗に包装してくれたこの花束。 崩すのも勿体ないのでそのまま行くことにした。 いつもあいつがしているようにそっと海に浮かべて流すことなんてしない。 少し高い岩の上から放り投げてやるよ。 怒りと悲しみを込めて。思いっきり。 花束を抱えて、あいつが好きだといった潮風にあたりながら小さな声で意味のないことをつぶやく。 「なぁ・・・なんで死んだんだよ。そんな素振り、今までずっと見せてこなかったじゃねぇか」 昨日の会話は、今になって思えば前兆のようなものだったのだろうけれど、それでも納得いかない。 つらいとか、しんどいとか、苦しいとか。 そういったことを表に出すような奴では無かったさ。 それでも。 こんなに・・・あんなに近くにいたのに、俺はなにも気づけなかった。 「なぁ・・・」 花の上に雫が落ちて余計と花の形を崩していく。 「・・・俺をひとりにすんなよ。お前ひとりで満足すんなよ」 知り合って2年ほど。 長い付き合い、というには少し足りないかもしれないけれど、今まで過ごしてきた他の誰よりも心地よくて、楽しくて。 ただ、何事もない、普通の日々が共に続いてくれるだけで良かったのに。 神様だか仏様だか知らねぇけど、そんなごく普通の願いも叶えてくれないんだな。所詮、信仰なんて偶像か。 どれだけ願い乞うても、あいつは戻ってこないし、時間は巻き戻らない。 よく、身近な人を亡くした人に、「前を向いていこう、故人だってそれを望んでいるはず」なんて言葉をかける人がいるけど、あんなの嘘っぱちだと思った。 前なんて向けるはずない。 あいつとの思い出に縋って、ありもしない未来を想像することでやっと1日を乗り越えられるのだろう。 望んでいるはずなんてない。 だってほら、その証拠に、あいつは死んだときのためにメッセージまで残したじゃないか。 忘れないから忘れるな、と。 風がより一層強く吹いて花びらが数枚飛んでいく。 憎らしいほどに晴れ渡った青空に、薄紫の欠片が舞っている。 俺は息を吸い、大きく振りかぶる。少しでも、あいつの好きな海の深いところまで届くように。花束なんて投げたことないから上手くいくかは分からないけど。 ほんの少し風が止んだ隙を見て、花束を思いっきり投げた。 「ほらよ・・・ッ」 忘れてやんねぇから。 いつまでも引きずっててやるから。 想っててやるから。 大好きな海をちょっと遠くまで見て来いよ。 お前は俺に。 俺はお前に。 ――――紫苑の花を贈る。
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