紫苑の花

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翌朝、けたたましい着信音で起こされ、寝ぼけながら電話に出た。 電話先の声は、なぜか酷く震えていた。 「―――もしもし?」 「あ・・・朝からごめんなさいね・・・」 相手は、おばさん―――あいつの母親だった。 「あー、いえ。なにかあったんですか?」 そう言いながら、なんだか妙な胸騒ぎがしていた。 そして、全く以って前兆もなければ、予想もしていなかったけれど、きっと心のどこかで分かっていたんだろう。 だから、次に発せられた言葉を聞いてもそんなに驚かなかった。 「・・・今日の朝ね、あの子・・・亡くなったの」 驚かなかったとはいえ、さすがにそのあとの会話を鮮明に覚えていられるほどの精神力は無かったらしい。 急に周りの音が静かになって、何も感じない。 そんな感覚だった。 自殺。首吊り。葬式の日程。 「紫苑の花を君に」というあいつの最期の言葉。 覚えていられたのはそれくらいだった。いや、十分か。 おばさんだって相当に取り乱していたことだろう。 一生懸命に伝えてはくれていたような気がするが、支離滅裂だったような気もする。 電話が切れたあと、半ば無意識で俺はスマホを片手に家を飛び出した。 やらなきゃいけないことが出来たと思った。 バイクに飛び乗り、スマホで近くの花屋を探して目当ての花を手に入れすぐに、昨日あいつと行った海へ向かった。 向かっている最中、昨日のあいつの言葉を思い出して、再びスマホで調べる。 ≪君を忘れない≫ ≪遠方にある人を想う≫ 「・・・クソが」 思わず悪態をつく。 昨日。あの時。 あいつが好きだといった紫苑とやらの花言葉を知ってさえいれば、俺はこの先ひとりで海に向かうことは無かったのだろうか。 忘れない?想う? 俺に宛てたメッセージのつもりか? そんでもって、俺にもお前への気持ちを花で表せって言うのか? ふざけんな。 死んじまったら、もう何も残らねぇじゃねぇか。 話したいことが溢れて仕方なかったんじゃねぇのかよ。 もう、俺と会話することが出来なくていいのかよ。 今は内緒。だなんて、気取ってんじゃねぇよ。 俺といるのが楽しいって言ったじゃねぇか。 幸せだって言ったじゃねぇか。 じゃあ、なんでそれを自ら終わらせちまうんだよ。 こっちの気持ちはフル無視かよ。 俺だってまだお前とくだらねぇことで笑っていたかったよ。 またな、って言ったじゃねぇか。 『ばいばい』 そういう意味かよ。 ただの別れの挨拶じゃなく、永遠の別れの挨拶かよ。 「ふざけんな!くそったれが!!」 いつだったか、聞いた曲に、「さよならが教えてくれた。離れるのは距離だけだと」なんて歌詞があったけれど、そんな綺麗に割り切れるわけがない。 他にも似たような曲で、似たような歌詞で、「離れても繋がっている」だのなんだの言っているものもあったが、どれもこれもクソ食らえだ。 死んだらもう二度と会えない。声も聴けない。 思い出すことしかできないし、思い出したところで楽しい思い出があればあるほどに、空虚だ。 そんなの意味不明。理解不能。 会えなきゃ、声が聴けなきゃ、意味ねぇだろ。 この先の時間、俺にどれくらいの時間があるのかはあいつみたいな選択をしない限り、神のみぞ知ることだが、それでもきっと、お前のいない時間なんて途方もなく長く、それこそ死にたくなるくらいモノクロなつまらない時間なんだろう。 「・・・ふざけんな。置いてくなよ、馬鹿野郎」 スピード超過で走るバイクのお陰で、零れてくる雫は全て吹き飛んでいくけれど、それでも次から次へと止めどなく溢れてくる。 「・・・・・・ぜってー許さねぇ」 悪態をつく声も次第に小さくか細くなっていくのが自分でも分かった。
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