日常と聖女

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日常と聖女

私はいつものように一人で大聖堂の掃き掃除を終えて、宿舎に帰る途中だった。 大聖堂から宿舎までは、この城内のガーデンを横切る。 ガーデンは庭師によって整えられて、今は薔薇達がそれは見事に咲き誇っていた。 淑やかな真珠色の花弁のオールドローズ。ピンクのレースを幾重にも丁寧に、重ねたかのようなモダンローズ。 どれも優美で目を見張るが、私はずっと探している『あの人』の瞳に似た、燃え上がるような真紅の薔薇に目を奪われてしまう。 あの人。 「──リオ。何処にいるのかな。私、ずっと探しているのに」 俯き。ぎゅっと胸元を掴むと、肌着の下にひた隠ししている、リオから貰ったロザリオが微かな音を立て。 近くにある噴水のサァァと言う、水音が聞こえてはっとした。 懐かしい子供の時代の思い出に、浸っている場合じゃないと。すぐ横にある白い大理石の天使像が美しい、噴水の水面に近づく。 水は清らかで下の白亜の大理石が見てとれるほど。 鏡の役割をするには十分だろうと手に持っていた、掃除道具を横に置いて水面に顔を映す。 「今日は埃払いをしたから、埃が付いてないかな」 前みたいに埃が付いて宿舎に帰ると、掃除も出来ないのかと寮母(マザー)に嫌味を言われてしまった。 水面をじっと見つめる。そこには十七年間見慣れた自分の顔があった。水面に、ゆらゆらと揺れるその表情は我ながら少し元気の無さそうな顔だと思った。 お母様譲りの空色の瞳もくすんで見える。 「一人で朝から大聖堂の掃除をしていたら、疲れるよね。お腹も減ったし」 空腹を紛らわすようにため息を吐くと、髪をまとめていたウィンプル(ベール)からお父様譲りの金髪がはみ出てしまって、そっとウィンプル(ベール)の中に押しやる。 ささっと肩や胸元を払って埃を落とす。 とは言っても、裾が擦り切れた黒の修道女(シスター)服を何度も繕ったものを身に纏っているので、あまり様にはならないかも知れない。 (これぐらいでいっか。次は昼食後、バザーに出すハンカチの刺繍! 頑張ってお金稼がなくちゃねっ) 簡単に姿を整えて、気持ちを入れ替えるのだった。
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