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「馬鹿なんですか?」 「......返す言葉もありません」 「事前に示し合わせず。貴方、真矢と真弓が揃って同じ考えだった。その見えない絆は大変、美しいと思います。発揮する場所を見誤らなければ、ですが。お陰で此方は予定が崩れて、迷惑を被っています」 「理論上は、いけると思いました。後悔はしていません」  罪を犯した動機を、聞いている訳ではありません。  冷静な説教と畳を叩く糾弾。少し居心地が悪そうな狼狽えた声。  鼓膜に響いた、それらが。朔来の意識を、現実側へ引張り浮上させる。東分社から木花神社に、移動した直後の朝は。微睡みが繰返し、二度寝に誘っていたのに。何故だか、無抵抗に香染めた瞳が薄く開いた。まあ、起抜けな所為で機能しない脳は。相変わらず、だけど。 「彼は。此方の想定以上に、強い荒魂を御持ちだ。こんな事態に陥った責任を。どう背負う、おつもりですか。神職の通常業務が、数日分は遅れる計算です。年寄りの言う事も馬鹿に出来ないでしょう?」  情報が。文節の意味すら理解しない、脳を擦り抜けて。単語として朔来に刺さる。朔来の枕元で対峙する、燈夜と木島は。正座で会話を続けている様子だ。特に燈夜は、すらりと伸びた背筋が美しいが。これは、どういう状況だ。  朔来が補助役を受けた所為で、あの祓いは失敗した?  けれど、確か。問題が起きたとしても。式神達で対処出来る程度、或いは強くない悪霊だった筈では。熟考を巡らす朔来の脳裏を、嫌な予感が。冷汗となって背筋を濡らす。祓いの際、あの儀式を行う部屋にて。左眼の刻印を通して、朔来に和魂を貸与すると。燈夜は話をしていた。  じゃあ。朔来が自覚していないだけで。  和魂が籠った彼の矢に、荒魂を乗せてしまったとすれば?  そうだ、悪霊の力に朔来が持つ荒魂が足され。燈夜が武器に込めた和魂を、相殺したなら。やはり、東分社で懸念した通り。朔来が、足手纏いになった。  あぁ、だから嫌だったんだ。  強過ぎる荒魂を持つ忌子に、正義の味方なんて務まる訳がない。  それでも。朔来の言葉が飽和する力は、不思議なモノで。どれも成功出来る、と安心が貰える所為で。誰かに必要とされ、愛される存在になれる可能性を期待してしまった。壱度でも、希望を見出してしまえば。それ程、落ちた時の痛みが取返しのつかない傷を作るのに。 「朔来は、僕が選んだ婚約者です。彼の持つ荒魂が理由で起きた問題は、共に背負う覚悟です。解決方法も一緒に探したいと思っています。少し人間の理から外れた位で。忌み嫌われ蔑まれるのは酷です」 「......依代を撃ち込んだのは、本気でしたか。私には、理解出来ません。それ程、貴方が朔来さんに執着する理由が。ひとりの人生を奪う罪を犯す暇が、あるなら。するべき終活が幾らでもあるでしょう?」 「木島だけではありません。真矢と真弓も、きっと理解出来ないでしょう。東分社に乗込み、朔来を見つけた瞬間。この人間と添遂げるべきだ、と直感で思いました。絶対に幸せにすると、誓ったんです」  だから。今回の件は、残念な気持ちでいっぱいです。  善かれと思って差出した手が、朔来自身を苦しめてしまった。  後悔した様な雰囲気を醸す、燈夜に。朔来は息を呑む。  多分、失望された。  朔来が荒魂を制御出来ずに。迷惑を掛けてしまったから。  木島の言葉を察するならば。恐らく、儀式の間は祭壇ごと壊滅しているだろうし。魔や悪霊など避ける役割を持つ、神社に貼られた結界も損壊か。被害を想定する朔来の脳内に。壊れた神具を片手に、糾弾する両親と尊の姿が映る。あの時、顔面に食込んだ拳の衝撃と。口内や鼻に溜まった血液の味まで、蘇って。苦しい。  引いてゆく血の気に。天糸で操られる様に、ゆらりと起き上がった朔来が。無気力に俯けば、樺茶色の髪が溢れて頬を撫でる。布団を握り締めた拳に、ぼたぼたと滴り続ける涙が痛い。 「......朔来?体調は、どうですか。痛む箇所はありませんか。貴方は感情が昂っていたので、気付かなくて当然ですが。飴玉で抑えきれない位、結構な量と時間。和魂を吸収されていたので、心配なんです」  嘘吐き。クビを宣告するつもりなら、心配とか言うな。  目覚めた朔来に。真っ先に反応した燈夜が、慌てた様子で寄添い。暖かい掌で背中を摩り。朔来が瞳縁に溜めては、頬へ流す涙を。嫋やかな指先で丁寧に拭う。  あんなクビ前提な、話合いをする位なら。優しくしないでくれ。  まだ朔来は、燈夜に愛されると。感情が期待してしまうから。手を離された時に感じる痛みが、強く増すのは嫌だ。確定した未来に、恐怖と怯えで震える朔来の肩を。抱き寄せよう、と触れた燈夜の手を。朔来は嫌がって振払う。常ならば。燈夜が寄添う姿勢を見せれば。弱みを預けるように、朔来も甘えるのに。暫し、呆然とする燈夜と木島へ。朔来は精一杯、嫌味を含めた笑顔で振舞って魅せる。 「御心配、痛み入ります。俺が神社に与えた損害を伺えますか?荒魂を制御出来ず。ご迷惑をお掛けして、大変申し訳ありませんでした」 「損害......?朔来、何か誤解をされていませんか。そうだ、暖かい飲物は気持ちが落着くそうですよ。喉が渇いていなくても、両手で抱えるだけで効果は充分かと。季節外れな提案ながら、如何でしょうか」 「餞別、ですか?そんな気遣いは結構です。変に間を持たれるなら、潔く処分を受けた方が楽になれます。燈夜サマ、俺でも神職らしい仕事が出来る可能性を魅せてくれたこと。深く感謝を申し上げます」  短期間でも愛されたこと、幸せでした。  眦を下げ。穏やかな雰囲気を意識して、口許は綻ばす。そんな朔来は。上手に、笑えているだろうか。混乱や困惑を表情へ映しながら、懸命に宥める燈夜は。朔来の顔色を窺い。そうして、向日葵色した眼を愕然で染める。  燈夜側から追いだそうとしている癖に。  どうして、そんな顔をする必要があるのか。  あぁ、そうか。後悔、しているのだろう?  捨て猫を憐んで拾ったら、親に飼えないと言われ。仕方無く元の場所へ戻す様な。後味の悪さを覚えたのだろう。  朔来が眠っている間。忌子を連れ込んだ、燈夜の愚かな選択を。木島が糾弾した、とすれば。もう、朔来を追いだす算段なんか整っているのかもしれない。木花神社で荷物を纏めた後。何処に行けば、朔来を愛してくれる存在に出会えるだろう。縁を切った挙句。情報まで売った、東分社の古巣に戻るような間抜けは居ないし。所持品は、未開封の手切金だけで。何が出来るというのか。  結局。この荒魂を受容れると、笑って差出した掌は嘘だった。  そう、気付いてしまえば。朔来、と名前を呼ぶ燈夜の声が忌々しくて。腹奥では嫌悪してる癖に、表情だけは憂いを映す。そんな迫真の演技に、朔来は苛立つ。 「朔来。考え過ぎで先走る処が、貴方の良くない箇所です。ひとつ、深呼吸をしましょう?冷静を取戻せたら、僕の話を聞いてください」 「燈夜サマが任せてくださった祓いは。失敗だったんですよね。口先では輝かしい、成功のビジョンを魅せながら諭した癖に。この荒魂の強さは想定以上だった、そうでしょう?それでクビにする話合いを」 「違います。朔来、どうか落着いてください」  落着ける訳が無いだろう。  折角、信じたのに。燈夜なら愛してくれると、期待したのに。  脳裏には、朔来を見下ろす父親と尊の姿が蘇る。そうだ、宮司と神様という肩書きが。朔来と対峙する状況なんて。碌でも無い結末しか招かないと、知っている。神具が壊れた、結界の壱部分が崩落したやの。薄く綻んだ口許で、朔来の荒魂が原因で起きた様々を。指折り数えて、罵倒するに違いない。  燈夜が纏う、着物の襟を掴んだ朔来は。欲しい玩具を買って貰えなかった子供のように。力が篭っていない拳で、その胸を繰返し殴る。そんな朔来の両肩に手を乗せた、燈夜は。木島を振返り、何事か目配せをする。小さく頷いた彼が、数拍遅れながら退出して。襖の閉まる音が嗚咽に紛れて響く。離せ、と暴れる朔来は。物理が効かない故、言葉の暴力を燈夜に振るった。 「燈夜サマを信じた俺が馬鹿だった......!嘘吐き!」 「なっ、嘘吐きって」  あぁ、多分。燈夜は裏切っちゃいない。  朔来が罵った途端。彼が傷付いた顔をした所為で、分かった。  悪意を持つ相手なら。優位を失うのが嫌で、けれど反論が出来る程の余裕も無い故。愚かにも、逆ギレや論点をずらす。とにかく、勝ちに拘る傾向があると思う。対する燈夜は、どうだ。すっかり言葉を失い、視線は余所行きに彷徨わせ。燈夜の気持ちが届かないと知って、愕然とした様な。二の句も継げない様子じゃないか。 「燈夜サマ、ごめんなさい」  あぁ、これじゃ。両親や尊と同じだ。  相手が、どう思うかなんて推測もせず。己の感情が、すっきりすれば満足な。その快感を知った後は、機嫌が悪かったり。嫌な出来事があったとか、適当に理由付けをして。弱者を痛めつける。燈夜は朔来よりも、ずっと強い存在だけれど。その分、誰より慈しみ深く優しいし。強い言葉を使ったり、頭ごなしに否定しないから。  どんな発言でも、笑って赦してくれる相手だと。  本能が格下判定をしている。両掌で顔を覆った朔来は、俯きながら謝罪だけ繰返す。例えば、本が物語を楽しむ娯楽に数えられる裏で。殺傷力の高い鈍器に成り得るように。言葉は、幸せな気持ちにさせるだけで無く。此方が思う以上に鋭利な刃、視えない生涯の傷を負わせる天才アサシンだ。朔来が燈夜にした行為は。かつて、自身に刺さった武器を胸から引抜き。別の誰か。それも朔来を大切に想い、愛してくれる存在へ突き立てたと同義だ。相手に発した言葉が、何れ自分へ返ると言うならば。それで宮司や尊を刺せばいいのに。 「違う......俺は。アンタを傷付けたい訳じゃ、無かった」  こんな真似がしたい訳じゃ、無かった。  あんな言葉を吐きたい訳じゃ無かった。  何を考えて、どうしたいのか。自分が理解出来ない。  そんな風に駄々を捏ねる、幼稚な脳と。狼狽えるばかりで、解決策も知らない香染めた瞳。情けない言い訳ばかり並べる唇。どれをとっても。自分を理解出来ず、混乱する朔来だが。縋るように燈夜を見遣り。罵った相手を頼る、自身の意地汚さに辟易する。それでも。  大丈夫だと、安心出来る言葉が懐かしかった。  平気だ、と。気持ちが落着く、あの笑顔を向けて欲しかった。  好きだの。愛してるとか言って。落ちるキスが恋しかった。  図々しい欲望で膨らむ胸を、知ってか。朔来の腕を掴んだ燈夜が、馬乗り姿勢で床へ押し戻す。酷い泣き面を見下ろす、中性的な顔は。悲しみや怒りの混ざる、曖昧な表情だ。骨が軋む程の強さで握られた手首は、際限無く締付けを受けて痛む。けれど。骨折で燈夜が赦してくれるなら、安い代償だ。心底、辛そうな顔を魅せた彼は。腹に溜めた不満を。肺を膨らます酸素ごと。黒壇髪を揺らしながら、懸命な素振りで吐きだした。 「想いは。言葉にしない限り、伝わらないと聞きます。僕は朔来を愛してるんです。これを幾度、声に変えても。一欠片すら貴方には響かない。いつ信用出来ますか。どうすれば、この好きが届きますか?」 「......知らない、幾ら考えても、自分の気持ちが分からないんです」  理解しようと、しないだけでしょう?  重たく深い低さの声が、室内を響き。香染めた瞳を瞠った、瞬間。開け放たれたカーテンの布地が風に煽られ、ばさりと翻る。それは、優しく寄添う相手に限界が来て。辟易した本音が溢れたような。  あ、嫌われる。  悟った朔来が。びくり、と肩を振るわせれば。爆発し掛けた、激情を堪えた風に。理性を保った笑顔の燈夜が映った。 「朔来が悪いと思いません。多分、東分社での境遇が原因で。本能が感情を表出さないよう、無意識に抑え付けているのでしょう。理解しますが疲れました。シェイクスピア並みの悲劇を演じ続ける貴方に」 「嬉しいや楽しい。それから式神達への嫉妬、木島さんが少し怖かったり。単純な気持ちは掴めるんです。でも燈夜サマを深く理解しようとする度。頭の中で色々な想いが渦巻いて、分からなくなるんです」  燈夜が辛そうな顔をすると。此方まで胸が痛い程、締付けられる。  燈夜が怒っていると。その裏側に隠れた本音を理解したいと思う。  これまで。こんなに、誰かを知りたいと思う機会が無かった。燈夜と関わる時間が、積み重なっていく程。朔来の理解出来ない、自身が垣間見えて。それが朔来、という人格まで塗り変えていくみたいで。頭と身体の所有者が別々に居る様に。久城朔来でありながら、別の誰かになってゆく感覚に怯えた。だから、単純な感情ばかり数え。難しく複雑な気持ちは、知らないで突き通したんだと思う。  ただ。東分社の久城朔来が。  木花神社の久城朔来として馴染み、変わっていく実感が怖かった。  燈夜を想って増える欲望や役に立ちたい献身が、気持ち悪かった。  忌子として冷遇されるべき朔来の手に。届きそうな位置まで来た、幸せを掴むことが恐ろしかった。 「どうすれば。燈夜サマに必要とされるか、愛して貰えるか。そればっか考えて。頭の中まで占領されて。アンタの為に、変わりたいと想い始めた自分が。簡単に壊れる幸せに縋ってるようで、怖かった」  燈夜に、掴まれていた腕を。強引に振り解いた朔来は。今更。涙で濡れ、嗚咽を漏らし続ける無様な顔を見られたくなくて。眼許を覆い隠せば。沸騰しそうな程、錯綜する情報で乱れた脳に困惑する。  祓いは成功したけど、反動が酷かったのだっけ?  理由は無いけれど。もう全てが嫌になった朔来を見下ろす燈夜は。再び、朔来の両手首を捕まえると。隠した泣き顔を顕にした後で。鼻先へキスを降らす。往生際悪く、抵抗する朔来の首筋に顔を埋めた彼は。擽ったさも相俟って身動ぐ朔来を、押さえ付けるように。頸へ犬歯を立てる。歯痒さ故に噛付く仔猫然り、幾度か肌に牙が食込む感覚を掴み。やがて、満足した様子で甘噛みされた箇所が強く吸われる。ピリッと軽い切傷が出来る時に似た、痛みが全身を巡り。未知の感覚に囚われた朔来は、衝撃で息を詰まらせた。 「痛っ......!」 「好きです、朔来。貴方が満足するまで、幾度でも繰返します。証明の為なら、どんな要望も応え尽くします。骨の髄まで愛しています」 「お、れ......俺は、まだ。燈夜サマが好き、だと思うとか。中途半端な想いしか、伝えられません。もう少しだけ、待って頂けませんか」 「勿論ですよ。此方こそ、突き放すような酷い物言いをしたこと、謝罪させてください。愛を育む為の時間は、お互い悠長な程に残されてなどいないでしょう?僕が消滅する前に、朔来が空へ溶け去る前に」  貴方が、どんな気持ちで僕と接していたか。教えてください。  道端で咲く花が、突風に煽られ散る時と似た。何処か苦しげで、切なげな微笑みを浮かべる燈夜に。心中しよう、と誘われた東分社での出来事を思いだす。燈夜の焦る感情や、朔来にアンサーを急かす気持ちは憶測でなら理解出来る。その訳は単純で、朔来も燈夜と同じ想いを抱いているからだ。  きっと、燈夜が消滅する瞬間。朔来は、最期に添遂げると決めた相手が自分で良かったか。彼に問い掛けるだろう。  多分、燈夜も同様。別れ際に、どう僕を想っていましたかと尋ねる筈だ。身勝手に巻込んだ癖に、恨んでいないか不安で。好きの言葉を擦り切れる程、繰返して。朔来が戸惑う位、愛を寄越したのに。両想いだった、という自信すら無くって。十五夜まで、残り僅かなのに。知らない、分からないで逃げる朔来に。嫌気が差すのは、当然だ。  燈夜が時々。どれだけ、朔来を愛しているかの温度を。分かりやすく態度や表情で伝える処があって。朔来は、その瞬間が好きだった。  こんなに想って貰えているのに。そんな彼に不安を与え、焦燥させるばかりで。ひとつも、気持ちを返しちゃいない朔来は。最低だ。  ごめんなさい、と。幾度目かの謝罪を紡ぐ、朔来に。  こちらこそ、と。左右に首を振った、燈夜は。  それは解決したとして、と前置き。朔来が冷汗など掻く位、不穏な笑顔を浮かべた燈夜は。痛い、と訴えるのも構わず。朔来の両手首を力強く握る。まだ、怒っている様子だが。思い当たる節が、絶妙に多過ぎて分からない。どれだ、と焦る朔来に答えたのは燈夜だった。 「目覚めて早々。嘘吐きだと糾弾した上、木花神社を追出される前提で身構えた理由。お聞かせ願えますか?僕が朔来を裏切った、と誤解された点に関しては特に。まだ貴方の信用に足るには遠いのですか」 「......燈夜サマや木島さんが、悪い方では無いのは理解しています。御二方にとって、理不尽な理由であることも。ですが、宮司と神様の役職が俺の前に揃う時。碌な知らせを聞いた試しが無かった、です」 「成程。祓いは無事に成功しました。勿論、荒魂による反動も受けていません。相当な量の勉強をされたのでしょう?悪霊の特徴や性質を見抜き、的確に当てる洞察力。狂いの無い方角矯正。助かりました」 「本当ですか?何事も無く役に立てましたか。燈夜サマに、また頼りたいと想って貰えますか。式神達や木島さんより、俺は使えますか」 「はい。心配せずとも、居ないと困る大切な存在です。貴方が眠っている間に、木島と話していた内容は。その......多分、朔来は。まだ興奮状態で気付いていないかもしれませんが、違和感ありませんか?」  向日葵色に心配を映し。傾げた憂いの籠る顔を、溢れた黒壇髪が撫でる。気遣われている理由が分からず、朔来の樺茶染めた髪も頬に触れた。途端。左眼の焦点が合わず、暗く歪む視界と。脳の重さ比率が均等で無くなったように、乱れる平衡感覚。思いだした様に痺れ、異常を訴える両掌。危なげに揺れる肩を支える、燈夜の腕に頼った朔来へ。眦を下げた困り顔で、燈夜は静かに告げた。 「朔来の才能は、高く評価します。また次回も。祓いの補助を、お願いしたい処ですが。和魂が身体に負荷を掛けているようで。その影響か、左眼も視えていないでしょう?すぐに回復するとは思いますが」  祓いの都度。  過剰に霊力を使用した反動を、食らう訳にもいかないでしょう?  残念そうな燈夜の声音に。朔来の胸を、ドス黒い靄が悶々と埋めていく。燈夜に晴らして貰ったばかりの杞憂が、立ち昇り。駄目だと、冷静は理解しているのに。過去の経験や嫌な記憶が、思考を悪い方へと引張ってゆく。  また、迷惑を掛けてしまったのか。  そうだ、朔来が補助役を引受けなければ。燈夜が木島に、怒られることも無かった。燈夜は、朔来を頭ごなしに罵倒しないけれど。腹内では、面倒な忌子を引取ったと後悔している可能性もある。そう考えれば、情けなさと悔しさで心がぐちゃりと鳴った。心臓の鼓動を早めた、朔来は。緊張状態ながら、絞りだすように言葉を発する。 「役立たず、ですか?」 「いいえ、朔来は優秀です。貴方さえ居れば、どんな儀式や祓いも成功出来ると確信を得る程に。ですが、荒魂と和魂の反発が強過ぎるんです。その問題の解決方法は、真矢と真弓が調べています。だから」 「燈夜サマ......俺とセックスしませんか?」
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