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「じゃあ。俺の荒魂が暴走していた訳では無く。全部、東分社の自演だったんですか?なら。外出の都度、悪霊に追われた理由は。どう、説明しますか。あれは霊力や神力で傀儡出来る問題ではありません」 「それも東分社の自演で片付きます。荒魂を和魂に反転させる条件を基に、考えれば。聡明な朔来は理解出来るでしょう?貴方が糾弾されていた結界も。“壊れた”では無く、“解いた”が正解だと思います」 「えっと、荒魂と和魂は。性格や感情で天秤みたく、偏るんですよね。つまり、東分社での扱いで荒魂を強化された結果。それに反応した悪霊達が追掛けてきた?そんな真似をする必要がある状況って」 「これで全部が繋がるでしょう?どんな思惑かまでは、不明ですが。東分社の目的を、封印した荒神の復活とした場合。その荒魂を最高潮の状態にした上で、貴方を依代にする予定だったと思います」  だから。僕が朔来を東分社から連れ出そうとした際。  言葉巧みかつ懸命に、制止していたのでしょうね。  ゼリーの天辺に飾られた葡萄を。繊細い指先で摘んだ燈夜は、唇を窄め。皮ごと口内へ転がした後。舌舐めずり、果実を堪能する。その優美な仕草に見惚れ、惚ける朔来に。前屈みの姿勢で近寄る燈夜は、真面目な御話をしているんですよ?と。戯けた口調で。朔来が馬鹿みたいに開けた半口へ、スモモを放り込む。反射で噛み砕いた瞬間、舌に触れた甘酸っぱさに。朔来は顔を顰めた。 「喉奥に残る酸味が苦手です」 「それは残念です。今後も色々試して、好き嫌いを探しましょうね。手始めに駅前で、ケバブを買って帰りませんか。店主のアシルさんは御喋り上手な方で。つい時間が過ぎるのを忘れてしまいます」 「誰ですか、その男は。いつの間に、外で妾なんか作っていたんですか。俺を婚約者だと持て囃して結局、遊びだったんですね?」 「誤解です。僕が愛しているのは貴方だけ。ねぇ、朔来。信じてください。ほら。真矢と真弓、木島に。お土産を買っていきましょう?」  どうしよう。この茶番の落とし所が、地味に分からない。  脇に置かれた伝票を取り。立ち上がった燈夜が。ぱあっと、表情を明るく輝かせ。確認した金額を朔来にも見せる。ゾロ目だった偶然が嬉しかった様子だ。凄いですよね、と無垢に燥ぐ燈夜は。些細な出来事も、幸せと捉えられる様で。どんな瞬間も、全力で満喫する彼が。煌びやかで眩く、美しくて。恥や外聞ばかり優先する所為で、あんな風に燥げない自分には羨ましかった。脚はステップ気味に弾ませ、店内を往く燈夜は。気高く、格好良かった。  そんな中央の神様が提示した、調査結果を基に。朔来自身の立場を振返る。久城家の忌子に産まれて以降。朔来は、両親や尊に。“ひとりの人間”では無く、“儀式の道具”や“依代”として育てられた。その事実に、朔来が落込む懸念など燈夜にはあった様子だが。きっと、燈夜に愛されているだけで満足で。幾度、絶望と期待を繰返しても。朔来を認めなかった東分社は。もう、既に。見限っていたのだと思う。  まあ。そうだろうな、と。  ショックだった、よりは。妙に落着いた気持ちで、納得した。  あぁ、でも。この世の終わりだ、と発狂する演技でもすれば良かったと内心で後悔する。朔来の欠いた冷静を取り戻そうと。燈夜がキスを仕掛けてくれるかも、しれなかったのに。 「クーポンで浮いた分。お土産は豪勢にするか、種類を増やすか。悩ましい問題です。やはり、以前に訪れた際には無かったシュークリームでしょうか?可愛く甘いお菓子は、世界が救えると思いませんか」 「とんでもない重荷を背負わされて。お菓子さんサイドも困ってますよ。お土産と言い、燈夜サマもしっかり食べるでしょう?なら、エクレアを頬張る姿が見たいです。式神達や木島さんの好み次第ですが」 「ブレないムッツリ具合ですね。期間限定のクッキーも美味しそうだと思いません?朔来は、どちらを選びますか。帰りにコンビニで新作スイーツも購入する予定なんですよね。悩ましい問題だと思います」  レジ横に設置された、硝子ケヱス前で膝を折り。陳列された洋菓子を眺める燈夜は。色白な指先で、迷うと訴えながら購入候補を幾つか示し。興奮気味に朔来の腕を引く。  誰かを思い遣る行為が楽しそうな彼は。本質的に神様だ。  荒魂の封印を解き、復活させる為に。朔来が虐げられたとすれば。東分社の真相に辿着いた時。燈夜は、どんな気持ちで何を思ったろう。彼等が決めた朔来の価値に、憤ったろうか。絶句したり、呆れた可能性もある。神様は慈愛に満ち、人間より思慮深い存在なので。その辺りは不明だが。朔来の預かり知らぬ場所でも、愛して欲しいと切に願う。  ふと。振返った燈夜が、向日葵色の瞳で朔来を真っ直ぐ捉え。仄かに切なく儚げで、触れたら消えてしまいそうな笑顔を形成する。選ぶ楽しみが、彼の気分を高揚させるのか。陶器のように、透明感ある肌が朱く色付く様が可憐で。男性にもあるという、母性本能って奴が擽られる。こんなに俗世的かつ、自由奔放で。親近感が湧く、人間寄りな。この神様が好きなんだよなぁ。彼に気持ちを伝える機会など、窺いながら。燈夜に隣並んだ朔来は、販売用のショーケヱスを覗く。 「小休憩で気軽に摘む、想定なら。クッキーの方が良さそうですが。丁寧に、お茶を用意して。団欒を楽しむ意図があるなら。シュークリームが良いかも。どちらも、燈夜サマが選んだなら喜ばれそうです」 「朔来も一緒に選んだと知れば。あの御三方なら、喜びますよ。澄んだ綺麗な魂に、惹かれている部分が大きいでしょうけれど。貴方が思う以上に、彼等は大切な仲間だと受容れています」 「......そう、ですか。無駄話をする暇があるなら。早く決め、購入してください。レジ前に群がっていると、他のお客様に迷惑なので。先に外で待たせて貰います。俺は燈夜サマに愛されたら充分です」 「嬉しい表情が、誤魔化せていませんよ。分かりました、迷子にならないよう気をつけて。お土産効果で、木島の怒りが鎮火すれば良いのですが。朔来は説教の矛先が変わるような言い訳を考えてください」  結構な無茶振りをされた気がする。  言い訳、ってなんだ?相手が満足するまで、罵詈雑言を俯いて耐えるばかりだった朔来は。定型文の販売場所も知らない。素早く作戦を立て、役割分担まで指示する燈夜に。朔来は呆気に取られながら、自動扉を踏む。  公演中だろうか。隣のライブハウスから、激しく攻撃的な音が漏れ聞こえる。曲、という概念に編まれてゆく旋律の隙間。舗装された通路を叩く、靴音が響く。鼓膜が拾った音に反応する脳は、顔を持ち上げるよう指令を出し。香染めた眼を転がした途端、喉奥で酸素の塊が詰まる感覚に陥る。顔を滑る滴は冷汗か、暑さ故の弊害か。朔来の動揺を表出す。呼吸が落着かない、瞳孔も不規則に揺れる。震える手は身体を抱く行為で押さえつけるも。気持ち悪い冷たさが、朔来の背中を撫でながら悪寒まで走らす。此方に近付く影が揺らぐ都度。朔来の身体が縮まり、強張っていく。 「......尊様」 「久方振りですね。狩衣まで支給されて、中央所属気取りですか。荒魂を保有する忌子が神職の真似事など笑止。その肩書きが持つ役割を全うするべきです。儀式の準備は終わりました、迎えにきましたよ」 「......俺が。神職契約を交わしたのは、燈夜サマだけです。尊様に従う理由がありません。久城朔来は、中央の木花神社に所属してます」 「愚かな。貴方の選択は、いつも間違いを招くと。散々、身を持って経験しただろうに。中央に加担して厄を溜めた石を破壊した件は、赦します。離れた場所で待機する久城殿も、御話があるそうですが?」  貴方の起こした身勝手な行動で、迷惑をしているんです。  心底、嫌そうな雰囲気で尊が微笑む。きっと、彼は。立て続けに暴力を振るうか、過去も蒸返して執拗に詰りたかったと思う。そんな行動に至れない理由は、此処が東分社で無い上、朔来も燈夜と神職契約を結んでいる為だ。例えば、パワハラ上司が会社内で暴力を振るった場合。告発者や騒ぐ輩が居ない限り、表立った問題にはならないが。舞台が、公共の場に変わった途端。現れた名前も知らない撮影者が、動画をネットに拡散して。好奇心旺盛な特定班に、会社名や加害者名を暴露され。即刻、非難の炎上騒動だ。プライドの高い東分社の面々が、そんな私刑に耐えられる訳が無い。何処で誰が、スマホを向けているかも分からない。不明瞭な状況で、そんな真似をすることが悪手だと。考えられない馬鹿なら。今頃、東分社は解体されている筈だ。  加えて。燈夜と神職契約を結んだ朔来に、攻撃すれば。会社の役員秘書を、バイトと勘違いして怒鳴る行為に匹敵する。 「さあ、行きましょう」  据わらせた眼を細める尊が、朔来に促す。燈夜と違って、掌すら差出さない彼は笑顔を浮かべ。その威嚇するような視線を、しっかり朔来へ向け続けた。首を横に振り、後退る朔来を認めた尊は。苛立った様子で眉を吊り上げ。揃えた指先で手刀を作り、振り被る仕草に至る。頭に稲妻が走り、骨まで砕けそうな痛みを。身体で思いだした朔来は。反射的に身を縮めるも、襲うだろう衝撃は覚悟する。そんな朔来の眼前を。走る鋭い稲妻が、静電気の弾ける音を連れて。尊が放つ神力をゼロに還す。咄嗟に、横槍が入った方角を見遣れば。個性的なシャツ姿から、神御衣に着替えた燈夜が。朔来を庇う体勢で、尊と対峙する。東分社の神様を見上げた、中央に所属する燈夜は。その立場が格上であるにも関わらず、余裕は無さそうで。一方の尊は、悠然と構える姿勢で自信に満ち溢れていた。 「素敵な夜ですね。尊殿に管轄は、東分社ではありませんでしたか?地域の統括役を担う神が、持ち場を長時間離れるのは感心しません。こんな処で、油を売っている間に。問題が起きないとも限りません」 「少々。宮司の野暮用に同行しまして。ついでに、ウチから送りだした忌子が。どんな活躍をしているか、様子を見に伺ったんです。此方でも問題ばかり起こしていませんか?その辺りが、どうも心配で」 「いいえ、全く。宮司は苦手ですが、双子の式神も懐いていますよ。知識量は豊富で、祓いも的確なサポートをしてくれました。ほら、あの岩が壊された瞬間。貴方も木陰から、御覧になられたでしょう?」  無事に購入出来たらしい。真矢と真弓、木島への土産が入っているだろう白箱を朔来に預け。威嚇の籠った鋭い視線を、尊に向けた。一触即発の状況に。朔来も警戒など張詰めさせながら、周囲を見回す。先程まで響いていた、音漏れが聴こえない。恐らく、何方かの神が空間を切ったのだろう。人間側から見た、喫茶店前の通路は普段通り。閑静な時間を紡いでいる筈だ。ならば、平気かと思えば。そうでもなく。彼等の神力が、ぶつかれば。その反動は荒れた天候となり、人間側にも影響を及ぼすそうだ。睨み合う、この神様達が。話合いで、和解出来るとは思えない。かと言って、下手に仲裁など試みても。碌な説得の定型分を、狼狽える朔来は持っていない。  睨み合いを続ける彼等は。どこまでの情報を燈夜が握り。どれ位、尊が目的に近付いたか。互いが得た情報量を、どの程度。把握しているだろう。木花神社で聞いた会話や。喫茶店で燈夜が話した、調査結果を鑑みれば。あとは、人間が作った断罪機関と第二類神社の双方が同時に叩くだけだったのだと思う。同日である必要がある理由は、単純で。何方かが、先に東分社を叩いた場合。もう一方の証拠が消されるリスクが高い為だ。つまり。準備が整わず。万全とも言えない、この状況で。朔来に出来ることは?  膠着状態を脱する様に。尊の指先から燈夜へ向け、銀色に煌めく一閃が飛ぶ。朔来の肉眼が捉えた光景は、揺れる燈夜のサイド髪と。薄汚れた舗装路に散る、一筋の艶めく黒壇髪。次いで、真っ直ぐに抉られる頬の皮膚。その切傷から滴る紅は綺麗で、怪我に構わない姿勢は格好良かったが。無性に苛ついた。確かに、この色白な肌に紅は良く映える。けれど、燈夜に傷痕を刻むのは朔来だけでありたかった。燈夜に愛してるさえ、言われた試しも無い癖に。不満で頬を膨らます、朔来は。燈夜の背中に隠れ、震える両脚を堪え。尊を睨みつけた。 「た、尊様!俺が嫁に貰う前に。燈夜サマの顔に傷を付けるなど何事ですか。無造作に切落としてた髪も。フェチの変態に拾われたら、ジップロック保存された挙句。時々、匂いを嗅いだりするんですよ?」 「......は?」 「朔来、怒りの軸が間違っています。怖い筈なのに、僕を想って立ち向かう姿は嬉しいです。ですが、応戦し難い内容を論点にしないでください。見知らぬ変態に怒りの矛先を向けるのが正しいのですか?」 「兎に角!燈夜サマは。尊様風情が傷付けて、良い存在ではありません。辛い想いをする場所に、自ら戻る気も無いです。俺の荒魂が原因だとされた問題は、全部。アンタ達の自作自演だって知っています」  燈夜が広げた腕に庇われ。情けない姿勢で、自己主張する朔来に。一瞬だけ訝しみ、顔を顰めた尊は。唾でも吐くように、舌を鳴らした後で。忌々しげな表情になって、彼の依代である大剣を手許に喚ぶ。ほぼ同時に。顳顬から汗を流す燈夜が、弓矢の装着まで終える。この距離じゃ、戦闘は近接だろう。そう考えれば、燈夜の方が不利だ。しかも、この通路は障害物の無い直線で。遠距離戦に持込むにも、すぐに間合いを詰められてしまう。そして、朔来の存在が足手纏いだ。まだ荒魂を和魂に反転させる、感覚が掴めない朔来に出来ることは?頭を抱えた朔来に構わず。ふたりの神様は、無機質な声色で淡々と牽制し合う。 「東分社の調査は終えています。荒魂の強化を目論み、朔来を虐げ。彼に好意的に接する者達を、遠くに葬り去った。そうですよね?幾人もの人生を犠牲にして復活させる荒神は。さぞ、魅力的でしょうね」 「......木花様は。その忌子にゾッコンだ。胸を、鈍い熱で炙られる痛みに想いを募らせ。己が吐いた二酸化炭素は、酸素と混じり彼の生命を繋ぐ様に昂る。当然が特別に変わる気持ちは、共感を頂ける筈だ」 「概ね、同意します。我々は。平等であれと刷り込まれた反動か、恋に堕ちた時の反動が凄い。失う瞬間に怯え。恋慕相手に嫌われる恐れが、いつも心を支配する。まさか、貴方が荒神の復活を望む理由は」 「そこの忌子を依代に荒神が復活した後。空いた魂の器に彼を喚び戻す。神と人間、種族の壁が別れを強制されるならば。同じ存在にすれば、解決です。木花様、同情や共感を抱くなら。譲ってください」 「お断りします。人々を救う目的で封印した荒神に。自分が仕立て上げられたと知った、貴方と共に戦った宮司は。受容れるでしょうか。それに。魂だけが同じ存在は、尊殿が愛した彼と呼べるのですか?」
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