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 まるで。スワンプマンの思考実験みたいな話だ。  燈夜が、落着いた冷静な声で投げた質問は。きっと。尊も、自問自答を繰返した内容なのだろう。嫌そうな顔で。口内に溜め込んだ溜飲を呑み、視線を逸らす。本当は。吐きだしたい気持ちが、胸にある癖に。沈黙を選択して、燈夜は睨み続けて八当たりする。  あぁ、そうか。  唐突に、朔来の頭上を理解が振る。  神様に特性である、執着強さは。人間が動揺する程深く、一途だ。だって尊は。現代を生きる朔来達が。その出来事を歴史と呼ぶ位、ひとりを愛し尽くして。取戻す手立てを探し続けた末に、辿着いた結論が。コレ、だったのか。  きっと。長い時間を掛け、準備が進められたのだろう。まず、身の程知らずな御祓いを引受けることで。充分な量の厄や邪を集めた。更に、周期的に現れる忌子を。その肩書きを理由に虐げ、奪っては。荒魂を強化していったのだろう。そうして、時は満ち。歴代で、壱番強い荒魂を保有する朔来が産まれた。気が狂いそうな程、沢山の年数を地道に。準備を重ねた尊にとっては、理想的な存在だったろう。  元々。忌子に良い印象が無く、絶対的な権力を求める父親を。言い包めるのは、簡単だった筈だ。嬉々として強化した荒魂を使い、儀式が始まろうという処で。燈夜が朔来を攫ったのは、想定外だったと思う。それでも尊は、後戻りは出来ず。進むしか無くなってしまった。  どうにか。この争いを止められないか。  頭を抱える朔来は。曖昧な記憶を頼りに、素早く印を組む。途端。朔来の蓮花が刻まれた眼が、鋭い光を放ち。舞い降りたのは、朔来や燈夜も良く知る式神の少女達で。喚ばれた本人も含め、その場に居合わせた全員が眼を見開く。複数の注目を浴びた為か、慌てた様子で。真矢の背中に、真弓が隠れる。居住まいを正した真矢は。咳払いの後で、穏やかな雰囲気で口を開いた。 「まあ......物凄い状況ですね。私達を喚べた、ということは。サクの霊力が。燈夜様が持つ神格と同化している、という訳ですか。依代を打込み、飴玉型にした神力を与えた努力が。漸く、報われましたね」 「その癖。お触り禁止なんだよな。俺は式神達の能力が、どんなで。何が出来るか知らない。方法は問わず、この身体を使って構わない。だから、燈夜サマを助けてくれ。近接戦に遠距離武器は不利だろ?」 「また大雑把な注文ですね。良いでしょう、私達は燈夜様を助ける武器です。此処で活躍しなければ、式神の価値が廃るというもの。サクの御要望に応えようでないですか。アナタが頼ってくれて嬉しいわ」  真弓、と。相方の名を呼んだ真矢は。向かい合い、両手を繋ぐと身体まで密着させる。重ねた額から、暖かな白い光に変貌を遂げた彼女達は。燈夜の神具に触れ、弾けた途端。弓を進化させた遺物である銃剣に昇華する。それを見届けた朔来は思わず、格好良いと言葉を唇から溢す。燥いでいる状況では無いが、興奮する気持ちを抑えきれずにいる。だって、あんな武器変形。胸が躍るじゃないか。  純粋な少年心を持ち、瞳を輝かせる朔来に。少しばかり胡乱な視線を向ける燈夜は。気を取り直した様子で武器を構え、尊と対峙する。互いに間合いを取り、攻撃タイミングなど伺う。先に足を動かしたのは、尊だった。燈夜に足払いを掛ける動きの傍で、その一閃が首筋へ向かう。間一髪で避けた燈夜は宙返り、舞うような動きで銃を放つ。それを剣で薙ぎ払った尊が、深く足を踏み込み。燈夜の着物袖を引き裂く。弓の方が扱い慣れている所為だろう。燈夜の動作は鈍く、尊のように断続的な攻撃が仕掛けられていない。  彼等の戦闘に集中していた為か。背後から強く腕を引かれ、数歩分だけ蹌踉めいた朔来が振り返った途端。喉奥を変な呼吸音が溢れ。心臓が大きく鼓動する。そこには、宮司である父親が。青筋を立てた厳つい顔で、此方を睨んでおり。本能が両手と膝を床に突き、土下座の姿勢になるよう命令をだす。身体を硬くする朔来の足甲が、力強く踏みつけられ。痛い。 「散々やってくれたな。育ててやった恩を仇で返す真似なんかして。お陰で、政治家先生と口裏合わせする手間が増えた。もう馬鹿な真似は辞め、荒神を復活させる儀式に貢献しなさい。もう満足だろう?」 「......えっと、嫌です。その、強制的に、燈夜サマとの神職関係を切ってから仰ってください。あ、愛してくれる神様も。い、忌子の肩書きに構わず、好意的に接してくれる方々も。東分社には居ません!」 「低脳な忌子め。荒神さえ復活すれば、中央と東分社の力関係が入れ替わる。尊様によれば。生きた身体が理想だが、抵抗される場合は止むを得ないと御許し頂いている。従わないなら、強制するのみだ」  作戦、だったのだろうか。燈夜が尊の相手で、朔来に対する注意が疎かになっている間に。父親が朔来を連れて、東分社に戻るとか。薄く悟った瞬間、隠し持っていたらしい刃物が振り上げられ。絡れた足が、床に尻餅をつかせる。命の危機に瀕している、のに。真っ先に心配が案じたのは、燈夜だった。まだ、荒魂を和魂に反転出来ていない以上。燈夜は相打ちになるだろうし。依代を通して、魂が繋がっている状態だ。燈夜が消滅すると、朔来も空に溶け去るそうだけれど。逆になった場合は、どうなるのだろう。燈夜が朔来を喰らえば、彼だけでも助かる見込みはあるだろうか。怯えた朔来が、硬く目蓋を閉じた瞬間。頬に生暖かい感触が滴り、落とした瞳を持ち上げれば。朔来の眼からは。神様が人間と契約する光こそ薄いが。刻まれた蓮花が主張する様に、金色に煌めく。  その香染めた眼に映った光景は。右腕を、父親の刃物に貫かれ。尊の剣に腹を抉られた、燈夜だった。勢いよく、それらを抜かれた反動か。燈夜の身体が力無く、朔来に覆い被さる形になり。冷汗を流しながら、苦しげな呼吸を繰返す。朔来を庇って、燈夜が酷い怪我など負った。その事実を奥歯で噛んだ途端、深いショックに陥る。  結局、いつも結末は最悪だ。  途中までは幸せなのに、大切な誰かを失い続ける。  勝ち誇った、満足気な顔で。燈夜の髪を掴んだ尊が、その身体は離れた場所に放り。血液の滴る剣を、改めて朔来へ向ける。絶え間無く、血液を流し続ける燈夜の残り時間は。どれ位だろう。空へ溶け去る瞬間が、迫っているなら。  手近に落ちる、燈夜の武器を拾った朔来に。弱々しく、頭を持ち上げた燈夜に名前を呼ばれる。返事の代わりに、口許を綻ばせる。  最後くらい。勝率の低い、賭け事に挑んでもいいじゃないか。  武器を掌で撫でると。真矢と真弓を、人型の姿に戻す。即刻、燈夜に駆け寄り困惑する彼女達に。抱えていた、白い紙箱を押し付ける。 「真矢、真弓。アンタ達は、燈夜サマを木花神社に運んでやれ。木島さんが対応するだろう。俺は。中途半端に実家へ残した、不始末を片付けてから追掛ける。まあ、時間稼ぎ要員にはなれるだろうよ」 「えぇ。承知しました。マユ、行くわよ。燈夜様が居なければ、私達は現世に留まれない。まだ木島に、和栗のジャンボパフェを奢らせていないわ。サク、持ち堪えなさいよ。必ず助けに戻るって約束する」  「え、真矢?サク!骨は拾ってあげますから!枕元に立って、恨み言を並べたりしないでくださいね。木島にパフェを奢らせて、破産させる計画が未達成な状態で。常世を離れる訳にはいきません......!」 「待っ......朔来」 「燈夜サマ。アンタを好きだと想う理由の宿題、覚えていますか?」  燈夜サマに愛されて、幸せだったんです。  左眼に刻まれた、蓮花が煌めく様に。茫然とする父親から、刃物を奪った朔来が。それを手中で回す内、銀色の切先が伸び。レイピアへ変貌を遂げる。両手で武器を構えた朔来は、尊へ歩んでゆく。  燈夜サマの少し歪んだ、斜め上をゆく考えが好きだった。  戯ける変態な面と。真剣な場面での凛々しい姿が格好良い。  後向きな姿勢に、なってしまう朔来を支え。常に前向きな言葉で、励ます優しさが嬉しかった。ずっと、一緒に居たいと思った。 「まだ、燈夜サマとセックスしてないのに。こんな形で喪う訳にも、尊様の為に消滅されるのも。御免なんですよ」  言葉を紡ぎながら。朔来は尊へ、剣を振るう。防御に徹する尊を圧倒しながら。反撃に距離を取りながら。素早く矢を放つ。地面に片足を踏込ませた、朔来は。尊の右肩から裂くように、剣を振り下ろす。数瞬の沈黙後。無言で倒れる尊を見送り。背後に佇む父親が、膝から崩れ落ちる様が映った。
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