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 まあ。燈夜の目的が朔来で無く。荒魂であることは、最初から分かっている。別の用事があって、東分社を訪れ。偶然、朔来に一目惚れした体だったが。事前情報も無く、訪問先に向かうなんて有り得ない話だ。  それに気付かない振りで蓋をして。好きと、結婚しようの甘言に踊らされ。愛される感触に溺れ、浮かれたのは朔来だ。なら、惨めな気持ちにならないように、馬鹿で居たいと思うのは愚かだろうか。燈夜から手を離し、正座の姿勢に戻る朔来は。俯き、香染めた瞳を余所行きに逸らす。自身の考えに振回される朔来に。遣取りを見守っていた宮司が、苦笑いする。 「おふたりは似たモノ同士ですね。そういえば挨拶が遅れました。木花神社の五十二代宮司、木島と申します。漸く、真面な常識人が......いえ。後継候補が来てくれて嬉しいです。宜しくお願い致します」 「あ、東分社。尊様の御許より移動して参りました。久城朔来です。忌子が関わるのは良くないと、職務には疎いですが。一通りの雑用は出来ます!ご迷惑をお掛けするかと思いますが宜しくお願いします」 「漸く、隠居を検討出来そうです。燈夜様に拐かされて大変でしたよね。相談せず、独断で東分社から攫うとは何事ですか。喚びだした双子の面倒も、丸投げな癖に。神職を引取る責任の重さはご存じで?」 「一目惚れは仕方無いでしょう。東分社に消費させる位なら、朔来は絶対に欲しかったんです。真矢と真弓に関しても、世話は焼いています。僕に懐いている、という動かぬ証拠を前に。まだ咎めますか?」  燈夜様の場合は。  世話を焼いている、では無く。甘やかしているだけです。  勝ち誇り、人差し指を突きつける燈夜に。行儀が悪いです、と無感情に言葉を締めた木島。途端。不満の蟠る顔になった燈夜が、唇を尖らせる。双子達と同様に。燈夜と木島も、神様や宮司だと役職に囚われている風では無く。寧ろ、力関係は木島の方が強く映る所為で。軍上がりの厳格な祖父と、幾ら挑んでも勝てない孫みたいだ。東分社の宮司と尊は、役職や肩書きを武器に。互いを尊敬しながら、牽制している様子だった故に。こんな繋がり方もあるのか、と驚かされる。  いいな、と俯いた朔来の。膝上で組んだ手指は落ち着かず、忙しなく動き続ける。基本的に神社の内政は宮司が。どんな雰囲気や印象を参拝客に与えるかは、祀られた神様の在り方が軸になる。多分。堅苦しい上下関係を、燈夜が重視していないのだと思う。信頼と好感なんて、緩い繋がりで成立つ彼らが。眩しくて、羨ましくて。  唇から溢れた声は。思いがけず、羨望と少しの嫌味を含んでいた。 「役職や種族も弁えない、仲良く素敵な信頼関係ですね」 「中央所属の神社は。大体、こんな雰囲気だと思います。第二類の頂点に君臨される要様が、放任主義......いえ。自主性を尊重する方針ですからね。ほら。偏差値の高い学校程、校則が緩いのと同じです」 「木島。口を慎みなさい。要様は神出鬼没な御方。何処で話を聞いているか。あの方の考えには僕も賛成です。主従で雁字搦めな関係より。信頼で繋ぎ、気軽に話せる職場の方が楽しく働けるでしょう?」 「......俺も。そこに混ぜて貰えますか?」 「勿論。郷に入っては従え、です。それでも忘れないでください、朔来には僕だけが居れば充分です。他の誰かに好かれたい、なら赦しますが。愛されたい、なんて欲張りは狼に食べられちゃいますよ?」  こんなに僕は朔来を愛しているのに。  他に興味を持つなんて、赦しませんよ?  威嚇の篭る鋭い向日葵と、懲りない脅しが効いた低い声。  胸に五寸釘を打込まれた様な言葉が、朔来へ刺さる。木島の顔が、呆れ混じりに引き攣るのが分かった。燈夜が自発的に愛している、と言い続けている内は。朔来も幸せでいられる気がした。  だって、あの真剣な向日葵色した眼。多分、燈夜は本気で朔来を気に入ってる。空間内に重たく沈む威圧感は。絶対に朔来を逃さない、燈夜の意思表示だ。凛とした真顔は、朔来の不安定な情緒を打消す。  あぁ、この神様の愛だけは疑えないなと思った。 「さあ。真矢と真弓が、朝食の仕度を終えた頃でしょう。身支度を済ませ次第、居間にいらしてください。案内は燈夜様がするでしょう」 「あの式神達は、木島さんに一喝されて逃走しませんでしたか。怒られる熱りが冷めるまで。どこかに隠れているのでは無いですか?」 「平気ですよ。あの双子は幼い見た目ながら。私より前の代から居る式神です。何故、叱られたかを理解しています。朝食準備の放棄を咎められたなら、すぐに再開すればいい。無駄な動きはしないんです」  まあ、何処かの使役主と似て。  強い好奇心と衝動的な行動が目立ちますが。  燈夜への皮肉も忘れず。畳の擦れる音を連れた木島が、立ち上がった。品位ある御辞儀を残して、襖の向こう側に姿が消える。徐々に遠ざかる、廊下を歩く足音は聞き流す間。朔来の習慣化した指先が、毛布や敷布団を畳む。木島の話は、意図的に蓋をして聞こえない振りへ徹した様子で。難しい顔で、天を仰いでいた燈夜は。少しばかり、明るく表情を輝かせ。笑顔で朔来の手を握った。 「彼方に、水回りが纏まっています。タオルは鏡の上にある棚に。僕は壱度、隣の自室に戻ります。準備が出来次第、呼んでくださいね。居間まで案内します。他の場所は、木島に案内して貰ってください」 「燈夜サマ......俺を攫ってくれて、ありがとうございます」 「僕を選んでくださって、ありがとうございます。朔来」  貴方は僕の一部。僕は貴方の一部。  朔来の左目が、それを証明してくれます。  そう、意味深な言葉を残す燈夜は。障子の框を指先で掴み、黒壇髪は傾げた首と共に動かす。今更湧いた、神様に拐かされた実感に。  神様は。頻繁に訪れる参拝客を贔屓する傾向がある、噂が脳裏で蘇る。そんな話が、ネットで拡散される程。たった、ひとりの人間に執着して愛し尽くす。愚かな種族だ。その逸話に、実家で受けた告白紛いと朔来だけ温度の違う好意を足せば。全てが、神様の特徴で片付く位。この種族は興味や関心が、とにかく一途で慈しみ深い。その気持ちが個人を向けば。やたら独占欲が強く、逃げれば地の果てまで追うと。朔来も知識では理解しているが。 「愛情の証明が、左目にあるって話......か?」  まだ、確認も出来ていない癖に。左眼を掌で覆った朔来は。その手を拳に握り直して、歓喜は奥歯で噛み締めた。  去り際、燈夜に案内された空間へ足を踏込ませれば。やはり、来客も使用する部屋なのか。用意された、使い切りの日用品を貰い。身支度を整えた朔来は。洗面台に設置された鏡を見上げ、酸素は乱雑ながら呑む。樺茶色した長い前髪の隙間から覗く、香染めた瞳孔。その中に刻まれていたのは。 「燈夜サマと同じ、蓮花」  きっと、彼の愛情に嘘はない。  燈夜は、粋な計らいを幾つも用意してくれる。  朔来の口許が綻んでゆく。彼が望むなら、明日も捨てられそうだ。  その位。朔来が燈夜のモノである証明が貰えたことが、嬉しい。
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