1/3
前へ
/18ページ
次へ

 ご馳走様でした、が居間に木霊して。  直後。行動や予定を確認する、木島の力強く張った声が響く。 「燈夜様は呪いを浄化する儀式。真矢と真弓は片付けが終わり次第、手伝いに向かってください。木島は朔来さんに制服支給と屋敷案内、それから仕事内容を説明する予定です。それでは皆様、良い一日を」 「待ちなさい。案内は私達がするわ。サクに怖がられた木島じゃ、役不足も甚だしい。木花神社での記念すべき最初の仕事は、燈夜様の手伝いよ。婚約者同士、過ごせる建前をあげるから。感謝しなさい!」 「そ、そうです。人間は相性が悪い相手と居ると、ストレスになり。本領を発揮出来ない統計があると。外国か、どっかで聞きました!」 「貴方達の思惑は想定済みです。どうせ、自分達の仕事を朔来さんに押付ける魂胆でしょう?適材適所を幾度、教えれば理解頂けますか。確かに彼は、人間離れした存在ですが神様ではありません」  神様が扱う神力と、人間の持つ霊力は別物です。  神力ありきな儀式に霊力で挑んでも、所詮は偽物。  碌でもない結果しか招きません。  言い聞かせる口調で諭す、優しい笑顔を湛えた宮司に。押し黙り、唇を噛んで俯く真矢と真弓だが。喉奥で痞える不満を、吐出し切りたいのか。木島だけ狡い、と叫ぶ。この不毛な遣取りのタイムキーパーを、名乗りでるように。鹿威しが、規則的に落ちて水を溢す。蝉の喧しい鳴き声に、最高気温を塗り替えそうな酷暑の訪れが響く。 「そんなの試さないと分からないわ。例え、反動を食らっても私達で対処出来る程度の祓いよ。絆より、愛情の方が繋がりも強い筈。サクは燈夜様の婚約者だもの、適任に違いないの。絶対に成功出来る」 「愛する神様を傍で支えたい気持ち。強い荒魂とサク自身が持つ澄んだ魂。燈夜様のお手伝い係として、適任だと思います。それに実績を作れば。この神社が崩落しても、就職活動的には有利で無いですか」  真矢と真弓が思う程。朔来は燈夜を愛しているのだろうか。  彼女達や木島が醸す遣取りを聞き流す、朔来は思う。  誰かを好きになった経験はあっても、愛した試しは無い。  それ故に、分からない朔来は。双子達の主張に首を傾げる。この状況で、他人事な振舞いをする燈夜に抱く感情は。沸々と湧き上がり募る、苛立ちと似た不満だ。式神と宮司が繰広げる朔来を巡る争いに、どこ吹く風な姿勢でいる燈夜へ。朔来は黙って、香染めた瞳孔を転がす。両手で湯呑みを持つ所作は、気品があり美しいが。  木島を言い負かすべく。真矢と真弓に応戦しない選択が、気に入らない。自分には無関係だと澄ました顔で居るのも、納得出来ない。朝も散々、朔来は自分のモノと主張した燈夜が。パンツを魅せつけ、太腿だって触らせた癖に。そんなに愛しているなら。どんな些細でも、朔来を巡る内容には全部。首を突っ込むべきじゃないか。結局。朔来の存在は好きな時だけ構う、愛玩動物だ。  どうすれば、もっと愛されるのだろう。 「感情は抑えて、理性で考える場面です。真矢と真弓が、朔来さんを好いているのは分かります。燈夜様に残された時間が、充実した幸せな日常であれと願う気持ちにも同意します。でも理解してください」  朔来さんの未来と、燈夜様に残る明日。  俯瞰で判断するなら、何方を重要視するべきですか。  木島の言葉に。でも、だって、と真矢や真弓が口篭る。この論争の中心になっている朔来は。立場が下っ端だと、理解しているので。周囲の決定に従う所存で居る。元々、東分社で虚な目を彷徨わせていた朔来に。やりたい、と意欲的な姿勢は難しい。  その癖。燈夜に対しては貪欲で。胸内で駄々や我儘など捏ね、頬を膨らます。そんな朔来の肩が、ふと叩かれる。何事か、と。香染めた眼だけ、転がし振返れば。人差し指を唇に当て、静かにとジェスチャーする燈夜が映る。素早い移動と、キスが仕掛けられそうな近さに。大きく跳ね上がった心臓が、止まり掛けるも。驚愕の叫びを、喉奥に留めた朔来は。燈夜から受けた指示に繰返し頷き、従う意向を示す。  必死な朔来に、酸素と混ざる小さな含み笑いを溢す燈夜は。未だ、論争が続く式神達と宮司に、気取られないよう。慎重に、障子を開き。朔来の服袖を引っ張り、廊下に出ろと促す。足音や衣服が擦れる音にも、細心の注意を払いながら。漸く、居間から離れた場所まで来て。緊張の糸を切った、燈夜が振返り。得意気な顔で、朔来にピースサインを見せつける。 「駆落ち作戦は成功です!あの押し問答に混ざって、木島を説得する方法では無く。どうすれば朔来を連れだせるか、考えた作戦勝ちです。朝食は、お口に合いましたか?」 「あの。立場など無関係に、同じ食卓を囲むのですね。食事前に、感謝の祝詞を上げない処も驚きました。型に則らなくて平気ですか?」 「東は、お堅い神職が多いですよね。現世は科学発展が著しく若者は略語を使う。最低限の伝統を守れたら略式で良いと思いませんか?」  軋む廊下を先導する、燈夜に。数歩後ろで、満たされた腹を摩る朔来が続く。これまで、食事と言えば。両親や尊が済ませる間に、台所で余物を摘み齧る程度だった。それ故。充実した朝食を堪能する胃袋は大層、驚いたと思う。配膳係の双子も。男性なら大盛りで食べるよねと、昔話の挿絵並みに粧った為。食べ過ぎた、なんて罪悪感を抱いた朔来に。燈夜は、両手を背後で組んで穏やかに笑う。 「真矢と真弓も、貴方が気に入っているんです。人間が顔で一目惚れする様に、私達は魂に惹かれます。些細な罪を犯せば淀む、あれだけは嘘を吐かないから。朔来、僕が行う厄浄化の手伝いをしませんか」 「あの式神達が、教えてくれようとしていた?忌子である俺が手伝って、燈夜サマの邪魔になりませんか。迷惑は掛けたくないんです」 「忌子、と卑下する発言は禁止です。朔来の持つ綺麗な魂があれば、種族を無関係に成功出来ると思います。特に今回の案件は適任かと。東分社の宮司が、人形供養する予定があると話していたでしょう?」 「東分社が引受ける御祓いです。人形以外も、案件は様々で。心霊スポットで肝試しをして取り憑かれたとか。曰く付きの品や事故物件で起こる怪奇現象を鎮めて欲しいだの。それが、どうかしましたか?」  本当に祓えていると思いますか、あれ。  数秒前までの、嬉しそうな雰囲気とは打って変わり。散々、東分社で宮司や尊を威圧した低い声音が響く。そう、訊かれたら。祓えていないと朔来は思う。ただ、御祓いを引受ける品の中には。偶然、入手時期と依頼主の悪運が重なっただけの場合も多い。それ故、安心を貰いに来ていると考えていたが。何か、問題でもあるのだろうか。頭に疑問符など浮かべながら、朔来が燈夜を見遣れば。その質問を汲んだ様子で、数度だけ瞬きした中央所属の神様は。軽い溜息を吐く。 「土地は歴史を語ります。掘り起こした曰くの品。場所柄、故の事故物件と心霊スポットも。地域が原因の霊障や呪いなら、御祓も出来るでしょう。第二類は、土地由来の縁を頂いた神による集団ですから」 「あの、つまり。歴史的な事件が起きた現場や、処刑場の跡地だったとか。そんな曰くがある場所と、それ繋がりの品ならば。第二類神社の担当になるけど、それ以外は別分野の神様に頼む案件になると?」 「朔来は賢いです。人間の念が籠る人形は、付喪神を従える第五類。怨みや妬みによる霊絡みは第八類の担当です。それは尊殿も知っている筈なのに。第二類の東分社で引受けて、どうなると思いますか?」 「専門外な御祓いは、確か。インチキ霊媒師が、本物に出会した時と同じ。霊を怒らせた挙句、呪いは膨大となり簡単には祓えなくなる。不審死や唐突な行方不明は、これが大方の理由ですよね.....あれ?」 「気付かれましたか?朔来が原因で、貴方に優しくした神職達が行方不明になったと。東分社に聞かされたそうですが多分、真相は違います。目的は不明ですが、身の程知らずな御祓いが理由です」  貴方に優しい神職が居ると、東分社に不都合があったのでしょう。  加えて。その強い荒魂が欲しかった彼等は、忌子を思い通りに操れる環境が必要だった。どうすれば良いか簡単です。  邪魔な神職を儀式に参加させ、行方不明と判断された後。  忌子の荒魂が、事件を引き起したと吹聴すればいい。  淡々と説明をする、澄んだ声は。木床が軋む音に紛れ、廊下の果てまで届く。険しさを湛えた、向日葵色の眼は前だけを見据え。正義で輝く、燈夜の横顔は酷く美しかった。真剣な話の最中に。見惚れる、なんて。触れたい、と思うなんて。空気が読めない不謹慎な話ではあるが。好きだ、と胸奥から溢れた激情が衝動になって。朔来の指先が、無意識に燈夜へ伸びる。あと数センチで、届きそうになった処で。黒壇髪が翻り、振返った神様に手首を掴まれる。  まるで、朔来の心が読まれているみたいだ。  朔来の掌に頬擦りした燈夜は心底、幸せそうに眦を緩ませた。 「足の怪我は問題無いですか?手当をするのが遅くなったので、悪化が心配です。患部を気遣う暇など惜しい位。出来るだけ早く、東分社から貴方を連れ出したかったので。まだ痛む場所は、ありませんか」  慈しみ深く潤む向日葵で、朔来を見上げる。そんな可愛い燈夜に、脳が眩むも。問われて、脚元を見下ろせば。巻かれた包帯の白が、窓から差込む陽射しへ反射して目蓋を刺す。  あぁ、そういえば。  東分社の応接室に向かう前に、背中を蹴られたのだっけ。  新しい環境や、燈夜に愛されたい気持ちが強過ぎて。正直、どうでも良かった。軽く足を動かす朔来は、特に痛む場所が無いと燈夜へ告げる。表情に安堵を映す彼に。その心配が、大切に想われている証明のようで嬉しく感じた。  数拍遅れで。やっぱり、痛みを堪える演技でもするべきだった。と、朔来は密かに後悔する。だって、そう訴えれば。怪我が治るまで傍に寄添ってくれるかもしれないし。幼少期に憧れた、痛いの飛んでけもして貰える希望があったのに。  打算的で頭が回る策士でありたかった。  どうすれば、もっと燈夜の気を惹ける?  唇を曲げた朔来は暫し、熟考した末に。燈夜の肩に頭を預けると。耳元で囁くように、甘えた声を発した。 「燈夜サマが好きです。その魅力に浮かされて、怪我の経緯すら忘れてました。アンタに夢中過ぎて、俺は自分の異変すら気付かない鈍感だ。もし、痛みに気付かず悪化したら。責任、取ってくださいね?」 「......人間が本来持つ自然治癒の摂理を、悪戯に破壊しない為と。治癒系の神力を持つ、第九類に。朔来の治療を依頼せず良かったと、心底思います。僕の朔来に、他の神や人間が触れるなんて赦せません」  例え、それが延命治療だったとしても。  僕以外の手垢が付く位なら、綺麗な状態で息を仕留めたい。  そう訴える燈夜の在り方は。人間同士なら、きっと。ヤンデレやらメンヘラだの種別化して、恐れて面白がるのだろうが。神様という種族を考慮すれば、美しい執着だと朔来は思う。だって。イレギュラーは除き、信仰を失わない限り悠久で生きる神様が。彼等にとって寿命の少ない人間を、愛玩目的で無く。対等に愛するなんて。  ふと。燈夜が此方に腕を伸ばす。思わず身構えた、朔来の頭上を擦り抜け。背後にある部屋の厳重な施錠を解く。  恋愛的な悪戯をされる、と。期待した朔来が恥ずかしい。  燈夜に促され、空間へ足を踏み入れた朔来は。意識が白飛びする程の頭痛と。視界で火花が散るような、錯覚を起こす目眩に襲われる。肌は抓られた痛みを全身で訴え、神経が総毛立つ。 「この部屋は、儀式や祓いの間です。僕の依代と祭壇も保管されているので、他の場所と違い。神聖な和魂が充満している状態です」  説明をする燈夜の声が、頭で反響する。無条件に揺れる脳と。腹底を迫り上がる吐き気、喉に何かが詰まった様な感覚。朔来を襲う気持ち悪さに、立っている状態でさえ辛くなり。弛緩して、ふらつく朔来の身体を支えた燈夜が。後ろ手で、内側から鍵を掛ける。どうやら、離脱をさせる気は無いらしい。荒魂が強過ぎる故、和魂酔いする朔来の酷い有様に。燈夜は、気の毒そうに眉を下げた。  この和魂酔いは弍度目だ。壱度は、燈夜が舞い降りた瞬間の初対面時で。どうして、体調不良を解消出来たのだっけ。機能しない思考に代わって、脳が記憶中枢を刺激する。確か、燈夜が公衆の面前ながら秘密めいたキスを醸し。吐気に耐えかねて開いた口に、彼の舌が割って。甘い、球体を喉奥に押込まれ。それから。  全容が蘇った途端。朔来の身体中を巡る血液が、沸騰しそうな程に滾る。燈夜のシャツ襟を掴んだ指先は、殆ど無意識に動く。そんな朔来の脳内では、早く楽になりたい。また、燈夜との気持ち良いキスを味わいたい。なんて、救えない想いばかりが鬩ぐ。 「......と、うや、さまっ。あめだま、ください」 「あの紅い飴だけで宜しいのですか?」 「ちがっ......キス、も」  俺は燈夜サマしか、頼れないから。  紅い飴で燈夜にとっての価値を。キスで愛されている安堵が、欲しい。視界を歪ます涙が、瞳縁で溜まり。微熱で高揚した顔は、酷い朱さだと思う。意識を手放せた方が、楽だと分かっているのに。簡単に落ちない様、身体は出来ているらしい。朔来を襲う身体中の不調に耐えながら。回らない呂律で途切れ気味に、言葉を発して。懸命に訴えれば。  いつか、頭の片隅に残る記憶と同じ。月の如く、歪む向日葵色と。持上げた口角が作る、醜怪な笑顔。まるで溺れそうな程の幸福感や愉悦に、浸っているような。燈夜のシャツを力強く握り、懸命に縋る朔来へ。掌で前髪を持上げた燈夜が。そっと、額にキスを落とし。目蓋や鼻先、頬と唇を滑らせてゆく。擽ったくて身動げば両腕を掴まれ、逃げることも赦されない。 「んっ......」  首筋を這い、鎖骨へと移動する唇に。翻弄された身体が、敏感に跳ね上がる。その仕草は、朔来が燈夜の所有物だと匂いをつけているようで。嫌悪感は無かったけれど。与えられる愛情と、和魂酔い特有の気持ち悪さが取返しのつかない位に混ざって。朔来の頭を混沌へと沈めてゆく。むず痒くなる腹奥に、早く終わってくれと願う。そんな朔来の想いが通じてか、燈夜は漸く上唇を優しく食む。 「ん......ふっ」  時折。燈夜から溢れる呻きが、朔来の神経を昂らせ。肌を撫でる熱い吐息に、性欲が煽られる。そんな焦れた悪戯に翻弄される中で、漸く。唇を割った燈夜の舌が、口内を侵入する。目眩で歪む景色が嫌で、硬く閉じた目蓋を薄く開けば。瞳縁や頬を紅く染め、欲情する燈夜が映る。愛を捧げようと、懸命な姿勢が分かって。  あぁ、触りたいなと思った。  和魂酔いの辛さも忘れて、燈夜に腕を伸ばした朔来は。腰椎から背骨を探るように、燈夜のシャツに潜り込ませた掌で撫でてゆく。途端、びくりと過剰な反応を魅せる姿が愛らしくて。触り心地の良い柔肌を、堪能する。腰に滑らせた指先で、パンツのウエストゴムを悪戯に弾けば。その手甲が叩かれ、卑猥な銀糸を残してキスも終わる。気付けば、口内には小さくなった飴玉が転がり。不満気に頬を膨らませた燈夜が、香染めた眼に映る。  けれど。燈夜は怒っている雰囲気では無く。浮かれや嬉しさが混ざったような。妙に機嫌が良さそうで。落着いてきた和魂酔いに朔来も、すっきりとした気分だ。 「朔来のお触りは禁止です。据膳を拒む癖に、摘み食いはされるのですか。やはり。僕の依代が馴染むまで、もう少しだけ時間を要しそうですね。まあ、キスを仕掛ける口実になる点だけは喜ばしいですが」 「お触り禁止以外。燈夜サマの言葉が理解出来ません」 「ふたつ謝罪します。きちんと説明もせず、東分社で僕の依代を撃ち込んだ点。そして和魂の充満する、この部屋に案内したこと。昨日、朔来の意識を奪った時点で。神力酔いは、もうされない計算でした」 「あの飾りがついた矢は。燈夜サマが、現世に留まる為の依代だったんですね。確かにアンタの許で奉仕するのに、神力酔いで仕事にならないって訳にもいかない。克服させようと気遣ってくれたんですね」 「いえ?神力酔いの克服は副産物です。本来の目的は、朔来と寿命を共有する為。それから、貴方が僕のモノである証拠作りです。子供は自分の所有物に、きちんと名前を書きましょうと教わるでしょう?」
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加