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 それと同じことです。  魂が綺麗な朔来は、他神を引寄せる程に魅力的で。  横取りされる、なんて嫌だったんです。  憂鬱そうに、目蓋を伏せた燈夜の思惑を。時々、理解出来なくなる朔来は。彼を不思議な神様だと、熟思う。東分社が蔑視する忌子に、魂が綺麗と褒めそやすし。色仕掛けを噛ませたと思えば、やっぱり駄目と言いだす。けれど。燈夜が朔来に起こす、大胆かつ斜め上をゆく行動や。愛してるの言葉と共に曝けだす、考え方なんかは。数割程度ながら、理解出来るような気がする。相手に覚えた、好き、の感情には。大抵、様々な不安が同時に付き纏う。  燈夜と朔来が互いに抱く、好きのベクトルが違ったら?  燈夜以外の誰かに、朔来が魅力を感じてしまったら?  そんな懸念が。燈夜が選ぶ言動の端々から滲み、朔来を失うことに恐れていると察せられるから。それが、どうしようもなく嬉しくて。朔来だって、怖くなる。  例えば。燈夜が朔来に冷めてしまったら?  忌子に、キスや触れる行為を赦すんじゃなかったと言われたら?  あぁ、きっと。好きと伝えた時点で自分達は、お似合いだ。  好きとか、愛しているは幸福の象徴的な感情だと思う。けれど、綺麗な花には棘があるもので。僅かでも、気持ちの釦を互いに掛け間違えてしまったら。別れを示唆する、残酷な側面も持っている。  だから、燈夜が起こした行動に怒りなど感じない。  燈夜が安心出来る方法で、どうか愛してくれ。 「依代を、貴方の心臓に同化させました。詳細は追々お話しますが。十五夜の晩に、僕が消滅した瞬間。朔来も空に溶け去る。身勝手な行動に幻滅されますか?でも心中に誘った時、頷いてくれたでしょう」 「あの、燈夜サマ。俺は鏡で左眼の刻印を見つけた時、嬉しかった。それだけ大切で愛すべき存在になれたことが。勘当寸前の野垂れ死ぬ筈だった、この命は。もうアンタに捧ぐと誓ったんだ、心中するよ」  香染めた瞳を緩め、穏やかに朔来は笑う。きっと、現在の環境は。忌子である朔来には、身の程知らずな位に高待遇で。例え、決められた期限が近く迫ったモノだとしても。東分社で惨めに、寿命を全うするよりは。この環境に置かれて、終われる方が。燈夜の腕に抱かれて消える方が。充分、幸せだと言える。  そんな朔来の想いを汲んだか。向日葵色した鋭い威光が徐々に解けて。拒絶は許さないと、圧を含んだ声音で脅す燈夜の唇は。安堵した様子で綻ぶ。そうやって、不安気で恐れすら漂う雰囲気を。多福感と歓喜の滲む暖かな温度に変えた、燈夜は。数年前に流行った、医療ドラマの主題歌を口遊む。  燈夜サマもテレビ番組を観るのか。  意外と俗世的な面も垣間見えて、驚かされる。  墓荒らしの如く。祭壇に付属する棚を漁る燈夜は、やがて。厳重に保管された、横幅の広い木箱を取出す。繊細い指先が、ゴツい南京錠を外し。綺麗なアーチ型の爪は、それに覆われた白布を剥いでゆく。全ての手順を終え、振返った燈夜が握っていたのは。見覚えある、豪奢な飾りが揺れる矢と。芸術点の高い模様が彫られた、弓だった。 「第二類統括である要様が、追儺の儀式を行った際。御焚き上げをした灰から現れた、弓と矢。これが僕の依代です。主な役割は、厄や邪を祓い、魔は滅する。人間の言葉で言う処の、悪者退治が近いです」 「破魔矢と破魔弓?あれ......あの式神達も関係があるのですか」 「勘が鋭いですね。真矢と真弓は、依代に付着した灰が媒体です。僕の仕事は。要様の千里眼を元に。予想される地域で自然災害を起こす獣の処理、或いは。その被害を最小限に抑える為の結界を張ること」  そして。他分社が失敗した祓いの尻拭い......いえ、事後処理です。  淡々と説明する燈夜が、弓柄を握り。指先で弦を弾き、その張り具合など確かめる。空気で伝播する振動が、朔来に頭痛を与え。中央に所属する神様が持つ、和魂の強さを実感させられる。狭まる軌道と、胸の詰まる様な息苦しさが襲う。ふらつく脚元を口実に。蹌踉た身体を支える為に、燈夜のシャツに触れた朔来は。その細身ながら頼り甲斐ある背中を抓り、跡が残るように爪で引っ掻く。何故だろう、真矢と真弓の正体を知った時、嫌だと思った。 「......燈夜サマの話だけ、聴きたいです」 「朔来から質問したのでしょう?藪から棒に、どうされましたか」 「話の流れで聞いただけです。興味はありません。燈夜サマと式神達の仲良しエピソードの後は、木島さんですか?殆どの神様は周囲から一歩退かれ、畏怖されるのに。周囲との距離が近くて、素敵ですね」  あぁ、こんな嫌味。言う筈じゃ無かったのに。  驚いた様子で、目を丸く瞠る燈夜に。気不味くなった朔来は、視線を余所行きに逸らす。  今更、彼女達の存在に。人間の皮を被った偽物だと、否定する感情や。気持ち悪いなんて嫌悪は無く。寧ろ、あの容姿は甘やかしたい位に可愛いと思う。見た目より大人びた頭脳を持つ真矢、臆病だが自己主張が出来る真弓。何方も嫌いでは無いが。弓矢と灰、なんて形だろうと。常世に顕現する前から、燈夜と一緒だったことが羨ましい。  いや、種族が違う以上。嫉妬しても仕方無いのだけれど。  燈夜と彼女達は、姿形の違う前世でも関わりがあったと考えた。朔来の疎外感や。長年連れ添った幼馴染達と、高校で初めて出会い恋をした邪魔者みたいで。朔来が知らない燈夜を理解出来ている彼女達、という構図が視えて嫌だった。  真矢と真弓は。朔来を燈夜様の婚約者、と呼び。好意的に接してくれる。好奇心旺盛で弾けた面も見受けられるが、それは外見の幼さ準拠なのだろう。そんな無垢な彼女達に、敵意を抱く朔来自身が嫌になる。  違う、本当は。  口内に血液の味が滲む程、きつく唇を噛んだ朔来は。俯きながら、ぼろぼろと本音を吐露してゆく。 「ごめんなさい。式神達や木島さんが、燈夜サマと強い繋がりを持つ話を聞くと。何故だか、無性に苛立って八当たりしました。俺も左眼に印を貰ったのに。優しくしてくれる方達を羨むなんて、強欲だ」 「いえ......木花神社に馴染んでくださればと。色々な、お話をしましたが。そうですか、朔来も嫉妬する程に僕を好きなんですね!嬉しいです。結婚式は、二人だけの秘め事めいたモノを企画しましょう?」 「あの。アンタが式神達や木島さんと、楽しそうに話す姿を見るのも嫌です。俺から燈夜サマを奪わないで欲しい、と思うんです。だからって、何かを制限させたい訳では無くて。普段通りで良くて、でも」  もう少し、朔来は自分に自信を持ちましょう?  上手く纏まらず、狼狽える朔来の言葉を。燈夜が、静かな声音で的確に汲む。依代を持っていない腕が、朔来の頭上で振りかぶられ。忌子の癖に我儘過ぎだと、殴られる可能性が脳裏で浮かび。反射的に怯んだが、予想した衝撃が身体を襲うことは無く。ただ、優しく頭を撫でられて困惑する。怒っていないのか、と朔来が香染めた瞳を持ち上げれば。心底、嬉しそうな顔で。声音や雰囲気と、表情が合わない燈夜の姿が映った。  これがドラマの撮影中だったら、カットを出し続けていますね。  そうやって、気恥ずかしそうに笑う燈夜は尊くて愛おしかった。 「これまで朔来は、ご自身の感情に蓋をして過ごされたと思います。だから、気持ちを自覚出来ない部分や。激しくなる起伏で、不安定な中。僕を最優先に想ってくれることが、壱番の幸せだと感じます」  この想いが、一方通行で無く安心しました。  ねぇ、朔来。貴方は、ずっと僕を好きでいてくれますか。  外で喚く、蝉の鳴き声が煩くて。和魂酔いの影響か、砂嵐が走る視界には。困った様に眦を下げ、まどかに微笑む燈夜が映る。小首を傾げた彼の仕草に合わせ。耳縁から溢れた艶やかな黒壇髪が、片目を覆う。髪型が違えば、印象が変わるとは良く言ったもので。東分社で感じた格好良さと似て非なる、神秘的な魅惑が朔来を刺す。そんな燈夜の声は。短い生命の象徴である季節が、邪魔をする所為で。上手く、聴き取れない。 「あの!燈夜サマ、俺は......えっと」  勿論。ずっと好きでいる、気持ちが離れるなんて有り得ない。  そう脳内で広げた単語集から言葉を返そうとした朔来は、躊躇う。  神経回路から頭に、一筋の衝撃が走って。気付いてしまった。朔来は、自分だけが燈夜に愛されて満足出来れば良いと思っている。  同時に、理解した。燈夜が、朔来に好きと愛しているを連呼して。 結婚しようとプロポーズを繰返す理由や。パンツを魅せた挙句、太腿まで触らせる色仕掛けの訳も。何かを残して、確かめるようなキスだって。多分、朔来の愛情が欲しい燈夜が願った結果だ。  今更になって。東分社で朔来が問うた、愛してくれるか、に。愛されたいなら、相手を同じだけ好きになれ、と。返した、燈夜の想いや言葉が持つ意味を理解する。  朔来は、燈夜が捧ぐ好きに。もっと、と貪欲になるばかりで。燈夜の気持ちに応える処か、気付こうともしなかった。そんな、朔来の身勝手で。どれだけ、燈夜を失望させて傷付けたのだろう。けれど、感情で行動が出来ない朔来は。こんな申し訳無い気持ちの時、どう態度で示せば良いか分からない。燈夜を手本にするなら、と。朔来は、彼の服袖を掴む。 「ごめんなさい。燈夜サマが好きです、でも。この好意がアンタと同じ温度か、分からない。だけど、その愛情が俺から離れるのが嫌だ。だから、この御祓いの手伝いとやらで確かめてみたいと思います」 「何を、どう確かめるのですか?」 「式神達は、絆より愛情の繋がりが強いと。木島さんは、霊力は神力の偽物だと言いました。仮に、燈夜サマと俺の好きが同じ温度なら。下位互換である霊力でも、この儀式が成功出来ると思いませんか?」 「成程。本来ならば、信頼出来る補助役の神力が必要な御祓いを。婚約者の霊力だけで足りない分を、愛する気持ちで補うのですね。相性占いの様で面白そうです。是非、挑戦しましょう。朔来は聡明です」  もし、この賭けに負けても。  真矢と真弓で対処出来る被害らしいので。多分、大丈夫だろう。  何より、憂いた雰囲気を纏う燈夜が。途端に、向日葵色の瞳を煌めかせ。明るく輝いた表情へ変わったことの方が、朔来にとっては重要だ。真顔も好きだけれど、やはり。燈夜が魅せる笑顔は、特別だ。  あぁ。真矢と真弓に嫉妬した、朔来の自分勝手が情けない。  好きだと想う気持ちが、どんな実感で湧くか知らないし。貰った愛情を返す手段も分からない。恋という感触も曖昧な癖に。一丁前に、誰かを妬むよりも。自身が抱く想いの認識が先だろう?  好きだ、と声にするのは簡単だ。きっと、その言葉は短期間だけならば、燈夜を安心させられると思う。けれど、誰もが気軽に使える様な。使い古された単語なんか、所詮は。一過性の効果しか期待出来ない、ジェネリック薬品だ。燈夜が不安がる都度、好きを繰返し処方した処で。心が慣れたら、きっと物足りないと思わせるし。愛が籠る筈の言葉は形骸化して、価値が無くなってしまう。  だから、朔来が燈夜にした提案は。  受身な姿勢でいる朔来にとって、精一杯の努力だ。 「あの、燈夜サマ。その依代は普段、祭壇に保管されているんですよね?東分社で俺を貫いた時、常に隠し持っている武器みたいに見えました。その厳重な施錠を解かなくても、取り出せるんですか」 「愛の力で喚びました......なんて、嘘です。依代は、それを媒介にした神であれば。どれだけ保管場所から離れた場所に居ても、手元に引寄せられます。緊急事態以外では、使いたくない方法ですけどね」 「......東分社で喚んだのは?」 「朔来に一目惚れした、という緊急事態でした。僅かでも隙を見せれば。東分社の神や宮司が、仕掛けてきそうな雰囲気だったでしょう?彼等が貴方を引き止める手段は、可能な限り塞ぐ必要もありました」 「それは多分。俺を引き留めたかった訳ではありません。錫司様を、名前の方で呼べるのは。余程の信頼を得た神様だけと聞きました。そんな燈夜サマに取入りたい、あの人達が焦った結果だと思います」
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