3/3
前へ
/18ページ
次へ
「確執があるとは言え。血を分けた子供より、地位や名誉ですか。朔来、御実家の不穏な話をします。ここ数年、東分社では身の程知らずな祓い他。意図的に厄や邪を集める、不審な動きが目立っています」  朔来から見た東分社は、どうでしたか?  そう尋ねた燈夜は。閉ざした目蓋裏に、向日葵色を隠すと。強く抱締めた依代を、身体と同化させる様に胸へ押込む。その光景は、まるで。幼い頃に憧れた、悪と戦う戦士の変身バンクみたいに。溢れた柔い光の粒が、燈夜を包み。東分社で、朔来の眼前に舞い降りた瞬間を再現する。豪奢な神御衣の布地を、美しく纏わせ。荘厳と儚さが混在する、気高く尊い印象を与えた。  あの数秒前までの。怠惰な姿は、何処に脱ぎ去った?  内心でツッコミながら。 「......欲しいなぁ」  朔来の何気無い発言が、空間に融けてゆく。  綺麗だ、とか。可憐で愛おしいやら。  本来ならば。褒め言葉で括った花束を、燈夜に差出す場面だった筈で。朔来も、そのつもりで用意していたのに。思いがけず、唇を溢れた単語に。燈夜だけで無く、朔来も香染めた眼を瞠り。自身の口許を掌で覆った後。もう片方の指先は、声帯がある喉に添わせる。  取返しのつかない失言だった、気がするが。どうなのだろう。  混乱で真っ白になった頭は、この発言の意図すら汲めず。思考や感情を問い正しても、疑問符が浮かぶばかりで。  どうして、欲しいと思った?  それは。朔来も、燈夜のように。周囲を魅了して愛されたい、みにくいアヒルの子が抱いた憧れだったのか。それとも。あの美しく孤高な、燈夜という存在自体に焦がれた?  分からない。自身の気持ちを解けず、狼狽える朔来に。呆気に取られた表情の燈夜は。徐々に、相好を崩して満足気だ。当事者よりも先に、想いを察したというのか。だったら、教えてくれたら良いのに。燈夜は時々、意地悪だ。朔来自身が溢した癖に、発言の意味を考えれば考える程。分からない、と丸投げしたい気持ちばかりが頭を埋める所為で。  そうだ、また後日。落着いたら、考えれば良いと。  諦めた朔来は。逃げるように、燈夜から受けた質問を反芻する。 「東分社で不審だと思った動き、でしたよね。燈夜サマと共有済みな問題は、裏帳簿や癒着の情報。そして専門外の御祓い。忌子は神事に関われない為、その辺りは疎いですが。あ......そういえば、ひとつ」 「お気付きの点がありましたか?」 「俺が勘当宣言を受けた際。結果的に、燈夜サマの助力で縁切りが出来ましたが。久城家は、本気で追い出そうと考えてなさそうだったなと。尊様に至っては、神職契約を結ぼうと持ち掛けてきた位ですし」 「契約処女、だったのですか?確かに、東分社で僕が結んだ際。その身体は誰とも繋がった形跡が無く、綺麗でしたけど。勘当の影響で、縁を切っただけと思いましたが。なんと!奪っちゃいましたね!」 「あの、語弊が......え、凄く嬉しそうですね、燈夜サマ。数年前に神職資格を得て、正式に奉仕するとなった際。忌子と縁を結べば、荒魂で和魂が穢れると。尊様に拒否されたんです。だから不思議だなと」  隷属の条件を上乗せしながら。契約を持ち掛けてきた訳が。  でも折角、結ぶ縁なら。心から俺を愛してくれる神様が良い。  こんな内容、どうせ燈夜の求める情報では無いだろうけれど。  だから、匂わせめいた言葉を口遊ぶ。東分社から木花神社までの往復と、朔来に依代を撃ち込む行為。そうやって神力を使う程、燈夜が朔来を大切に想っている。そんな多福感に溺れる心は。正直、もう東分社に未練は無いし。どうだっていい。  それでも。燈夜の役に立ちたい朔来は、東分社での出来事を振返るが。違和感の基準が分からない。久城家の忌子と、肩書きを押付けられて以降。ずっと、東分社に軟禁状態だった朔来は。他の地域と比較が出来る程、世間を知らない。だから、朔来が日常だと受容れる事柄も。燈夜からすれば、異常事態になるのではないか。なんて、疑惑が深まるばかりだ。  大変だ、不審な動きが分からない。  難しい顔で熟考する朔来に。苦笑いした燈夜が、袖を押さえながら手を伸ばす。樺茶色に染まる髪の隙間で、踊る指先が。暗に、朔来の役立たずを慰めている様で。落込んだ挙句、じゅくりと心傷が膿を滲ませて痛い。 「俺。久城家の人間ながら、役立たずですね......任された仕事は。帳簿管理、人事補助や御祓いの依頼整理。その他、神職と無関係な雑務ばかりで。深い事情は知らないですが、どうか嫌わないでください」 「朔来は臆病過ぎです。その性格故、変な虫が寄りつかない点だけは安心ですが。情報が目的で、貴方を攫った訳ではありません。僕は、朔来が久城家の人間で無くても。婚約を迫って、パンツも魅せます」  勿論。お触りは、禁止ですよ?  澄まし顔の燈夜が、得意気に人差し指を立てる。その言葉は、朔来が久城朔来で無かったとしても愛します。な、宣言に感じられて。ツン、と鼻奥が痛み。胸内を慟哭めいた歓喜を始めとする、様々な暖かい気持ちが鬩ぎ。溢れる熱情を、上手く対処出来ない身体は数度分だけ体温が上昇する。  それでも、頭に冷静が残る訳は。お触り禁止が、複雑な気持ちにさせる所為だ。いや、パンツは見られる言質が貰えただけ。ガッツポーズで咆哮を上げる価値は、あると思う。  あぁ、でも。機会が巡ったら。  神御衣を着た、燈夜の卑猥な姿が見たいな。  我儘が通るなら。上腕辺りにある、部分的な布地の切れ目から指を押込み。鎖骨の窪みや胸など探り、燈夜を堪能したい。首筋を覆う、革製の付け襟は残して。残りの衣服を剥いで、肌が吸えたらいいな。  悶々と悩む朔来の頭が。何か、硬い鈍器で軽く殴られた衝撃を覚える。攻撃を仕掛けた相手へ見遣れば、燈夜は。仄かに朱染めた頬を、膨らませていた。 「エッチ!朔来のむっつりスケベ!」 「は?燈夜サマが一々、エロいのが悪いと思います」 「男性は、みんなそうです!自ら、性欲を掻立てる要素を粗探しする癖に。都合が悪いと、格好や雰囲気が誘っていたとか言いだす始末」 「アンタも男だろうが......同性、だよな?」 「確かめますか?どこか、遠い外国の神は。御自分の意思で、性別を変えられるそうですね。朔来、良いですか?舐めるような視線を向けるのは、僕だけにしてください。塀の向こうで挙式は嫌でしょう?」  どう考えても。  燈夜の方が先に、露出狂や変質者で御用になりそうだが。  いや。それよりも、落着いて思い出せ。燈夜がパンツを魅せた時、どんな膨らみだった?判断要素になる声は、中性的。胸も絶壁で。骨格は男性寄りだが、細身かつ華奢で明確なジャッジが出来ない。朔来が勝手に性別を思い込んでいたが、本当は違うのか。  どちらにせよ、パンツの責任は取らねばならないのだが。  同性だと思って詰めた距離や接し方を、どう軌道修正すればいい?  東分社の不審行動より、重要な問題である。  青褪めた顔で、頭を抱える朔来に。呆れ混じりな溜息を漏らした、燈夜は。胡乱気に向日葵色を転がすと。朔来の顎を掴み上向かせ、強引に視線だけ合わせる。繊細い指先は、探るような動きで朔来の手首に絡み。躊躇いなく、燈夜自身に触れさせる。素早く捲られた、豪奢な布地が宙を舞う。鹿威しの落ちる音が遠い。掌を伝う、生暖かく柔い感触に。熱帯びる朔来の頬と、挙動不審に彷徨う香染めた瞳。あ、だか。う、だの。声にならない濁音を発する朔来に。燈夜が黒壇髪を傾けながら、優しく笑う。 「全く。こんな純粋は今時、保護対象です。性別に確信は持てましたか?お触り禁止を秒で破らせるとは。本当、朔来には敵いませんね」 「......気付きました。性別や種族なんか、重要じゃなくて。燈夜サマだから感情が揺らぎ、欲を煽られるみたいです。これはアンタと同じ温度の好き、になりますか?そうなら、俺は幸せだと感じられます」  あぁ、触った温度や柔さを忘れたくないな。  どこかで手を洗う状況になるだろうが、勿体無い。  掌に残る感触を名残惜しむ、朔来の問い掛けに。どうでしょうか、と燈夜は返す。少し他人事ぽい雰囲気な声色に、彼は。この質問に明確な答えを差出す気は、無いと悟った。多分、自分の気持ちに自信を持てということだろう。相変わらず、この神様の瞳に刻まれた蓮華が綺麗だ。  ぼうっと、見惚れる朔来に。燈夜は、薄い板状の鈍器を差出す。これは数分前に、朔来の頭を襲撃した実行犯だ。その画面に表示された内容は、何処かの喫茶店が提供する期間限定メニューで。 「朔来の仕事は。僕が正確に矢を撃ち込む為の合図、そこに至るまでのサポートです。遠距離武器ですから当然。対象に届くまでタイムラグが発生します。その時間差を、コレで測り指示をくださいますか」 「あの、燈夜サマ......その、儀式なんですよね?」 「伝統や歴史の御話ですか?それを伝承する為の一般公開や。古の手順を踏まねば厄災を招く、大掛かりな儀式は。勿論、大切にします。それ以外の儀式なら、便利な道具は積極的に使うべきだと思います」  頭の堅い東分社が聞けば、有難い説教を頂戴しそうですね。  皮肉混じりに、燈夜が肩を竦めて笑う。朔来の指先が、差出した端末に絡む様を眺める彼だったが。偶然、画面表示された内容が視界に映り込んだらしい。さっと、頬を朱染めた燈夜が。焦った顔で慌てながら、時間を計測するアプリに切替える。 「これは違います!えっと、そう!真矢と真弓の誕生日が近いので!用意するケーキを検索した痕跡です。他意はありません」  いや、燈夜サマ。スマホの扱いが手慣れてるな。  朔来なんか、参拝客が使用する光景しか見たことが無いのに。  祓いに文明の利器を積極的に取入れ、可能な範囲で儀式は略す。前衛姿勢な燈夜に、時代へ適応する本質を知る。  再び、差出された精密機械と。燈夜を交互に見遣った朔来は、どう反応するべきか惑う。初対面時から、燈夜のスイーツ好きは片鱗が垣間見えていたし。恥ずべき嗜好では無い、と思うが。必死で隠す圧に押され、言及しない方が良い予感と。燈夜の可愛い面を知れた、もっと深掘りしたい欲求が鬩ぐも。趣味嗜好を隠したがる意図は、純粋に理解が出来ず。樺茶染まる髪を傾げた、朔来は問う。 「......何故、隠すのですか。刑罰に値する、非人道的な趣味嗜好なのですか。学生時代、俺も。ケーキ屋の広告を見て、楽しんでいましたが。それも燈夜サマにとっては、非難されるべき行為なのですか?」 「そんなことはありません!学生時代の無垢な朔来を、絶対に否定しません!ただ、恥ずかしいでは無いですか。人間に崇拝される、神という威厳ある存在が。スイーツに頬を綻ばせ、懐柔されているとか」 「聡明な方って。他の人より頭の回転が早い分、消費する糖分量が多く。スイーツ好きが多いそうです。燈夜サマは凄い神様だから、納得しました。あと、威厳云々は。もう手遅れなので安心してください」  大喜びでパンツを魅せ、太腿は得意気に触らせながら。  エッチだの変態やら、卑猥な言葉で濡れた唇で。  今更、何を言っているのか。  余計な真似をして、墓穴を掘るのは嫌なので。続く言葉を呑んだ朔来は、ある考えに至る。怠惰な面や変質的な部分を晒すのは、愛する朔来の前だけで。燈夜が拠点とする木花神社を、一歩踏み出した途端に。東分社で見せつけた、あの荘厳さを湛えた格好良い姿で振舞うのでは無いか。それなら。あれだけ、尊敬度が下がる真似をした癖に。スイーツ好きを朔来に隠したがった理由が、尚更。分からない。  あぁ。この燈夜、という神様を知ろうと近付く程。  朔来が出来る理解の範疇を超えてくるから、余計に混乱する。  まだ、動揺が落着かない様子で。唇を噛んだ燈夜は、指先から滑り落ちた破魔矢を。震える腕で拾い上げると。握り締めた、それを背中側へ放る。瞬間。眩くも暖かな光が、彼の腰部分を覆い。その箇所に箙と幾本かの矢が、装填される。 「......僕は朔来が好きです。常々、貴方には。大人びた余裕ある燈夜の姿を見て欲しいと、思っています。スイーツ好きは、格好良い印象とは対極の存在でしょう?だから、隠そうと考えました。でも」  スイーツ好きが聡明の象徴だと話す、朔来の言葉で。  この嗜好も、優雅な印象を与えられると胸が張れそうです。  真剣な目付きで、凛とした横顔が語る。どうやら、朔来が偽らずに告げた想いで。燈夜は、コンプレックスを克服出来たようだ。これまで、朔来は燈夜に救われるばかりだったけれど。彼に寄添われ、受身で宝物扱いされるだけじゃない。燈夜を支える礎になれた実感が、込上げる。朔来が、燈夜無しでは生きられない様に。燈夜も、朔来と共存するしか道が無いとか。そんな未来を、密かに望む。だって、そうじゃなきゃ。何だか、フェアで無い気がする。  そして、朔来は悟る。  あの変態的な行為、余裕ある大人を意識した結果だったのか。 「俺には、忌子という肩書きがあるので。ケーキや洒落た飲み物は、勿論。氏子さんに頂いた差入れすら、食べた記憶はありませんが。広告を見るだけでも、楽しいですよね。可愛らしい形に、惹かれます」 「興味が、お有りですか。スイーツは、甘いだけのお菓子に非ず。味覚以外にも、可愛い見た目。硝子ケヱスで潤沢に陳列された、それを選ぶ胸の高鳴り。洒落た店舗で過ごす、非日常の時間は至福です!」 「落着いてください。圧が凄いです......そうだ。今度、時間が許せば式神達も誘って行けたら楽しそうです。でも注文や支払い方法を知らないから、俺は足手纏いだな。さっきの発言は聞かなかったことに」 「経験が無い、と?朔来の初めては全部、僕が奪います!中央の街散策も、まだですよね。広告の喫茶店も含めて、貴方と訪れたい場所が沢山あります。約束です、この祓いを終えたら。デートしましょう」  こんな場面でする約束、死亡フラグって呼ぶんだけどな。  そう苦笑いする朔来を他所に。興奮気味かつ弾んだ様相の燈夜が、足裏で床を力強く踏んだ途端。彼の脚元に五芒星が展開され、向日葵色は鋭く光る。呼応するように、蓮花が刻印された朔来の左眼も煌めき。頭痛に堪えきれず、閉じた目蓋を再び持上げれば。  まるで、双眼鏡を覗いた時と似た。本来ならば。視えない筈だった、何処かの遠い景色が映る。  洞窟の様な場所に設置された、真新しい祭壇と。注連縄が巻かれた岩。見覚えのある、それは。荒神が封印された祠、つまり東分社の裏山だ。付近で蠢く、黒い靄は獣と鳥が混ざった鳴き声を発する。恐らく、あの怪異が燈夜の祓うべき対象なのだろう。  そう、考えた朔来が。隣で身構える神様を見遣れば。視線が、ぶつかった途端。彼は小さく頷く。 「朔来は。武器を用いて敵など撃ち倒す、ゲームは御存じですか。それと酷似するのが、祓いです。僕の神力を左眼に譲渡しましたが、見えますか?まだ完全体ではありませんが、失敗した成れの果てです」 「ゲームは知らないですが。東分社の荒神を封じた祠と、変な鳴き声で喚く黒い靄は見えます。あれに燈夜サマが破魔矢を撃ち込み、祓うという手筈ですね。俺の役割は、応援という名の邪魔する係ですか」 「お馬鹿!何方の味方をされる気ですか。本来は。権宮司より、上の階級を持つ神職か。神自身が喚んだ式神に補助を任せるものです。だから、神道科でも習わない内容と思います。朔来の仕事は単純です」  方角や座標の確認、及び指示。狙撃タイミングのカウント。  あんな風に。物静かに見える標的も、突然。予想出来ない処で、飛跳ねたりしますからね。以前、身体を捻り爆笑していた怪異なんか。双子達が、生理的に無理と叫んで役割を放棄していましたね。 「......そんなの、俺だって嫌だ」  燈夜からすれば。恐らく、緊張を解す雑談。神様ジョーク的な、話題のつもりだろうと朔来は思う。道化ぽく、飄々と話す彼に。そんな怪異の姿を、想像してしまった朔来は。引き攣った頬を誤魔化そうとして、曖昧に感情が濁った表情など映す。内心では密かに、真矢と真弓に同情した。燈夜が彼女達を、どう想っているのか知らないが。  職務放棄をしたくなって当然だ。幾ら、式神と言えど可憐な少女達だぞ。どんな雄々しい仕事を任せているんだ。  左眼に意識を集中させながら、朔来は。怪異の特徴や些細な動きから、どんな突飛過ぎる行動に出るかを想定する。寄生を上げる、という行為は。誰かに気付いて欲しい気持ちの現れ、だとすれば仲間が居るのか?もしかしたら、細胞分裂を繰返すタイプで。燈夜が矢を撃ち込んだ途端、数なんか増えて厄介になるのでは。この推測が正しければ。確実に、怪異を滅することが可能な核のようなものが存在する筈だが。  そんな風に。真剣な眼差しで、祓いと向き合う朔来を。認めた燈夜は、口許を綻ばすと。弓を膝に置き、開いた腕は腰にとる。それから右手は弦に掛け、手の内を整えた。所謂、弓構えまでの射法を美しい所作で披露した彼を。視界端に映す朔来は、ほうと見惚れた熱籠る溜息を溢す。ふたりきりの空間を漂う、張り詰めた緊張で頬が痛む。そう、真面目な場面で。朔来の声帯を震わせた言葉は。相変わらず、自分のことしか考えていなかった。 「......この祓いが成功出来たら、もっと頼ってくれますか?アンタには、信頼出来る仲間が沢山居ると思うし。俺の存在も、その内のひとり程度だとも思う。それなら、燈夜サマの壱番になりたいんです」 「そんな風な発言を。死亡フラグと呼びます。例え。無能でも僕の傍に居るだけで良い、と言った処で。貴方は納得しないでしょう。まあ朔来の有用性が判明すれば。病める時も、健やかなる時も一緒です」 「それ、宗教違いで糾弾されますよ」 「何百年前の御話ですか。この国は宗教に寛容なので、問題ありません。ハロウィンにお菓子集めなどして、クリスマスはサンタクロースを待ちます。バレンタインのチョコレートも、期待してくださいね」 「魔女裁判、待ったなしだな」  弾んだ声が、季節イベントを指折り数える。苦笑いを醸す朔来は。注意深く左眼で観察しながら、怪異の弱点探しに勤しむ。あの黒い靄が晴れたら、核も見えるのか。否、あれは憎悪や怨恨の集合体である瘴気だ。これに触れた為に。肝試しに行って発狂した、という事例が起こる。燈夜の見立て通り、この怪異が意図的に発生させられたと言うならば。恐らく、核は本体と無関係な場所にある筈だ。懸命に探す朔来の顳顬から、一筋だけ汗が流れる。  燈夜が執行する祓いの補助役が。真矢と真弓の担当だった、と知った当初。正直、狡いと思った。燈夜の信頼を得て、必要とされる彼女達が羨ましかった。燈夜も口先では、彼女達より朔来が壱番と宣言するけれど。実際、業務上で率先して頼む相手が。双子である状況が、悔しくて仕方なかった。朔来は、燈夜の傍に寄添う意義が欲しい。どんな場面でも、燈夜が真っ先に頭で浮かべて呼ぶ存在が。朔来であってくれ、と願う。  あぁ、そうだ。例えば。朔来が保有する荒魂を、自分の意志で操れたら。燈夜から朔来以外の記憶を奪った後。誰も追って来れないような海辺に、アパートを借りよう。ふたりだけで慎ましく暮らせたら充分、幸せなのに。  まあ、現実問題。そんな真似は出来ない、と知っている朔来は。任された、この機会に期待以上の活躍を魅せて。もっと、燈夜が惚れ込むように頑張ろうと決意を固める。ひとつ、深呼吸を反復させた朔来は。左眼で展開される光景に、再び挑み。 「視えました!伍番区域の祠付近にある、注連縄が巻かれた岩。あれが怪異の核です。燈夜サマに見える景色は、俺の左眼を介したものですよね?南西に十時の方角、照準が合わさり次第。微調整入ります」 「......朔来。射撃の経験を、お持ちなのですか?それとも、この類の儀式は経験があるとか。随分と手慣れているので、驚きました」 「初めてです。余計な会話をしている暇があったら、早く撃ちましょう。此方の動向が悟られて、下手に核を守られては面倒です」  蠢く黒い靄を注視しながら。朔来は、脳が獲得した情報を燈夜に共有させてゆく。あの怪異を滅する、核の在処が分かった訳は。紫と黒が混ざり濁った、禍々しい気を放つ骸骨が視えた為だ。あれと、怪異の放つ瘴気が。同じ雰囲気を醸すので確信した。  驚いた様子で、向日葵色を揺らす燈夜だったが。視界端で弓構えの位置から、ゆっくりと両拳を持上げる。そうして、打起こした弓を左右均等に引き分けた。凛々しい立姿に、格好良いが朔来の唇を転ぶ。集中している、と分かった朔来は。左眼を頼りに、射線の微調整やスマホでの計測に勤しむ。 「燈夜サマ。小指分だけ右に......はい、有難う御座います」 「了解」  引き分けを完成させた、燈夜が。矢を発射するタイミングが、熟すのを待つ。スマホの時間計測する機能を頼りに。朔来が声に出す、カウントダウンが室内で響く。 「......撃て」  冷静かつ落着いた、朔来の静かな声に呼応して。胸郭を開いた、燈夜の放つ矢が。一吹の旋風を巻き起こしながら。祭壇を擦抜け、注連縄が巻かれた岩に刺さる。途端、砕けたそれが眩い光の粒子となり霧散してゆく。一方の黒い靄は、耳を塞ぎたくなる様な甲高い断末魔など残し。その姿は、砂嵐で映像が乱れたテレビの如く。捩れながら、破裂音を響かせて消えた。  終わりまで、見届けた朔来は。ふと、木陰から此方の様子を伺う存在に気付く。まだ悪霊の類が、残党として残っているのだろうか。そちらに視線を向けた、朔来の香染めた瞳が其奴とぶつかって。相手を認識した途端、ぞくりと背筋が粟立つ。此方の存在に気付き、睨んでいる。あの相手は。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加