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3
『じゃあ行ってくるよ。父さんをよろしく。』
ヘンリーはローラのおでこにキスをすると奥のベッドに横たわるの病気がちの父親に手を振った。
ローラが玄関まで見送りに行くとアッシュが車で迎えに来ていた。2人はこれから2泊の漁に出かける。
彼女はローラの学生時代からの友達だ。昔から男勝りのアッシュはローラが漁師と結婚すると“私もやってみたい”とヘンリーに頼み、それから一緒に漁に出るようになった。
『一緒にいるけど何もないからね。私は女だと思われてないしね、あはは。』
愛する夫が他の女性と泊まりがけで出かけるのは気分の良いものでは無い。
たとえ仕事でも。
でもそんなふうに思うのはいけない事だと自分を戒め、夫と友達を信じていた。
2日間の漁を終え、ヘンリーの船が港に着いた。
船の中ではヘンリーとアッシュが抱き合いキスを交わしていた。
『ヘンリー、また次の漁が待ち遠しいわ。』
『またすぐ来週さ。』
『こんなことをしていて…ローラに悪いわね。』
『君が自分の人生に悩んで泣いた姿を見て…放っておけないと思ってしまったんだから仕方ない…。』
その時、甲板の方からドスンと音がした。
ヘンリーとアッシュは慌てて外に出ると、そこには車椅子に乗ったヘンリーの父親とローラがいた。
『あなたたちを信じていたのに…。』ローラは静かに泣いていた。
『違うんだ、これは…』ヘンリーが慌てて叫ぶと父親が威厳に満ちた声で『黙れ馬鹿者!』と遮った。
『その女は最初からお前をローラから奪う目的で近づいたんだ。そんなのにひっかかりやがって。』
そして父親はローラの方を向いて頭を下げた。
『ローラ、こんな目に遭わせて本当に申し訳ない。君は親身に私の面倒をみてくれて感謝は言葉ではあらわしきれないよ。君はまだ若い。子どももいないしまだまだやり直せる。さあ、私のお金を持って新しい人生を始めなさい。お金がある場所はわかるね?』
『お義父さん…。』
真っ赤な目をして立ち尽くすローラの手を取り握手して促した。
『さあ行った!元気で暮らすんだよ!』
ローラは頷くと『お義父さんもお元気で…』と言い残し、甲板から降りて走り出した。
その様子を呆気に取られながら見ていたヘンリーは我に返った。
『父さん、お金ってどういうことだよ!いつもそんなものは無いって言ってたじゃないか!』
『そんなわけあるか。若い頃に一生懸命働いたんだ、無いわけないだろう。これからの生活にと取っておいたんだ。私に万が一のことがあった時のためにローラには場所を教えてあった。あの子はそれを知っても、使い込んだり私に何かをねだったりはしてこなかった。』
そしてため息をついて『今もきっとお金は持っては行かないだろう…そんな子だ。』と淋しそうに言った。
ヘンリーはローラを裏切った罪の大きさを自覚し始めた。しかし追いかけようとした時、アッシュに引き止められた。
『もういいじゃない。私と新しい人生を始めましょうよ。でもお父さんとは別々に暮らすということで。』
『アッシュ…。』
ヘンリーがアッシュを押しのけて行こうとした時、船が揺れて父親がバランスを崩し車椅子ごと海に落ちそうになった。ヘンリーは『父さん!』と叫び、父親の腕を掴んだが間に合わず一緒に落ちた。
そして落ちる時、父親は手を伸ばしアッシュを掴んだ。
3人は2度と浮き上がってこなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
『ザギル、浮かない顔をしていますね。』
キャリーナは肩に止まったもののいつに無く無口なザギルに話しかけた。
『…今回はちょっとばかし後味が悪くてね。じいさんまで届けなくても良かったんじゃないかってね。』
『あなたのせいではないわ。ローラだけじゃ解決にならなかった。それにお父さんはわざと落ちました。』
『ヘンリーは反省しはじめてたのに何でだよ?』
『いくら謝ってもらっても心の傷は消えないことをお父さんは長い人生経験からわかっていたのよ。それに夫婦でやり直したところであのあざといアッシュの存在は消えない。自分の寿命が近いことをわかっていたからこの先ローラを見守れない。本当の娘のように可愛いローラが幸せになるにはみんなが消えるのが一番だったのです。』
キャリーナの話を聞いてもいつものように“そんなもんかね”とは思えず、返事もしないままキャリーナの元から飛び立った。
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