3、悲しい拾い物

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3、悲しい拾い物

◇◆◇ 「にゃー」 足に擦り寄るフワモコな物体。 それは小さく真っ白で、か弱い自分をアピールするかのように甘えた声で鳴く。 「ふっ、可愛いな」 俺はあぐらをかいて床に座っている。 フワモコを膝に抱いて撫で回したら、フワモコは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。 だけど……。 このアパートは動物飼育禁止だ。 このフワモコを拾ってきた辰己に聞いた。 「な、可愛いけどどうすんの? 飼えねーじゃん」 「ああ、わかってる、里親探すから、それまでは飼うしかないだろう」 俺もそうするのがいいとは思う。 でも、里親はいつ見つかるかわからないし、俺のバイトは昼間いる時もあるが、毎日家にいられるわけじゃない。 辰己はお役人だから当たり前に無理だ。 誰もいない部屋でフワモコがおとなしく留守番できるのか? ここは角部屋だから片側だけ気にすればいいが、隣には熟年夫婦が住んでいて、嫁さんは専業主婦をしている。 もしフワモコが泣き喚いたりしたら、管理人に苦情を言うだろう。 せっかく2人で平穏に暮らしてるのに、面倒な事になるのは勘弁して欲しい。 「いやでも、隣がいるし、無理だよ、俺らが両方いない時に鳴いたりしたら……動物飼ってるのバレバレじゃん」 「うーん、そうだな、確かにバレたらヤバいな」 俺は何かいい手がないか考え、ふといい事を思いついた。 「あ、じゃあさ、ペットホテルに預けるのはどうかな? 里親を探して、里親が見つかったら新しい飼い主に引き渡せばいい」 ちょい金はかかるが、俺らは男2人で稼いでるから、その位の金は出せるだろう。 「ああ、その手があったか」 「シャンプーしてさ、ノミとか全部とって綺麗にしたら預かってくれるだろ」 「ああ、多分、それがいいかもな」 辰巳も賛成してくれたので、フワモコをペットホテルに預ける事にした。 こんなに可愛い奴を他所に預けるのは嫌だけど、仕方がない。 今ならまだペットショップは開いてるから、辰己は急いで必要な物を買いに行った。 俺はその間フワモコと遊んでいたが、辰巳が帰って来ると、2人で協力してフワモコをノミとりシャンプーで洗っていった。 しかし、これが思わぬほど大変で、フワモコは小さい癖に暴れまくる。 俺達はびしょ濡れになりながらフワモコを綺麗に洗い流し、タオルで拭いてドライヤーで乾かした。 ところが、これもまた大暴れ……。 音や風が怖いらしい。 そこまで済んでひとまず終了。 仕上げにノミ避けの薬を首に垂らした。 「はあ~疲れた」 猫は水が嫌いだと言うが、それは本当らしい。 俺も辰己も引っ掻かれて腕に傷がいっぱいできた。 「あーあ、すげーやられちまった、一応消毒しとくか、人畜共通感染症があるからな」 辰己は棚の引き出しの中から消毒薬を出して、それを床に座る俺んとこに持ってきた。 「ほら、塗るから腕を出して」 「うん……」 自分より先に、俺の傷に消毒薬を塗ってくれる。 何気ない優しさに……また惚れ直す俺だった。 一通り塗って貰ったら、今度は俺が辰己の傷に消毒薬を塗っていく。 辰己の方が主に洗ったりしたので、俺よりも傷だらけになっている。 「こりゃひでぇな」 「にゃーん」 フワモコはそんなのは何処吹く風で膝に乗ってくる。 「まったく~、悪い奴だ」 暴れまくって引っ掻いた癖に、やっぱり可愛い。 こいつには罪はない。 捨てた奴が悪いんだ。 傷の手当を済ませる頃には、丸くなってスヤスヤと眠り始めた。 引っ掻き傷はこれで大丈夫だろう。 手当が済んだら、辰己は空き箱でトイレを作り、空いた皿を餌と水入れにして、クッションで寝床を作ってやった。 「よし、んじゃここで寝な」 俺はフワモコを寝床に連れて行き、クッションの真ん中に座らせた。 「にゃー」 だが、やっぱりというか、そう都合よく寝てくれない。 何度戻しても俺か辰己、どっちかの方へやってくる。 まだ子猫だから寂しいんだろうか。 トイレをちゃんとするか不安だったが、ケージもないし、好きにさせる事にした。 俺らは俺らでやる事をやらなきゃならないので、風呂や食事などやる事を全部済ませ、バタバタするうちにやがて零時近くになった。 もう寝る事にして、パジャマに着替えて2人してベッドに入る。 俺は明日は昼から出勤だから、俺が明日の午前中にペットホテルに連れて行く事にした。 部屋に置いてやれないのは可哀想だが、俺らも自分達の生活があるし、そこは我慢して貰うしかない。 フワモコは結局辰己の作ったベッドでは眠らず、俺達のベッドで一緒に寝たが、粗相をする事はなかった。 ワルだけど、賢い猫だ。 俺達はフワモコを潰さないように気を使って眠った。 …………… 翌朝、俺はペットホテルが開店するのを待ち、フワモコを小さなボストンバッグに入れてペットホテルに預けに行った。 1泊5000円と、決して安くはないが、料金云々とか言ってる場合じゃない。 これが最善な方法だと信じて、ペットホテルのお姉さんにフワモコを渡した。 とりあえず1週間預け、その間に全力で貰い手を探そうと思った。 それから俺はバイト先で、辰己は職場で、それぞれに貰い手を探したが、貰ってくれる人はなかなか見つからない。 ツテのツテまで聞いて貰っても駄目だ。 たかが猫一匹なのに、こんなにも苦労するとは思わなかった。 そうする間に、ペットホテルの1週間の期限が迫ってきて俺は焦ったが、夕方のバイトあがりにペットホテルに連絡して、もうちょい延長して貰うしかないか……とそう思っていた。 すると、昼過ぎのバイト中にペットホテルから連絡があった。 何かと思ったら、言いにくそうにフワモコが亡くなったと言う。 俺は予想外の事態に茫然となったが、ペットホテルのお姉さんが言うには、フワモコは亡くなる直前まで元気だったが、突然倒れて痙攣し始め、そのまま息を引き取ったという事だ。 だから対処のしようがなかったと、必死に訴えた後で、こういった突然死するケースは稀にあると言った。 大体は先天性の脳の病だったり、生まれつき心臓に奇形があったりするらしい。 元気だったのがいきなり倒れて亡くなったんだし、俺にはお姉さんが嘘をついているとは思えなかった。 なぜなら、世話を担当する人は毎日朝夕、動画付きでメールを送ってくれたからだ。 そこには元気に遊ぶフワモコが映っていたし、今朝も元気な姿を見たばかりだった。 フワモコは生まれつき奇形か病を抱えていた。 お姉さんが言った事は正しいと思った。 「わかりました……、短い間だったけど、ありがとうございます……あのそれじゃあ……」 お世話になった礼を言って、夕方に遺骸を引き取りに行く事にした。 辰己にも連絡しなきゃ……。 もう里親を探す必要はなくなったんだな。 そう思ったら涙が滲んできたが、バイト中に泣くわけにはいかない。 込み上げる悲しみをぐっと堪えて休憩時間に辰己に連絡した。 辰己はかなり驚いて『嘘だろ?』と言ったが、これは冗談や嘘ではなく、現実に起こった事だ。 俺がペットホテルに引取りに行くと言ったら、辰己も行くと言う。 俺達は2人で引き取りに行く事にしたが、俺は原付、辰己は車で、仕事の帰り際に別々に行く事になる。 なので、フワモコの亡骸は辰己の車に乗せて帰る事にした。 …………… その夜、俺達は動かなくなったフワモコをクッションに寝かせ、人間でいうお通夜をした。 と言っても、蝋燭や線香はない。 代わりにキャットフードと水を遺骸の前に供えた。 「こいつ、ひょっとして……何か異常があったから捨てられたのかな?」 辰己は意気消沈した様子でフワモコを見て言ったが、言われてみれば……そうかもしれない。 元飼い主は、フワモコの異変に気づいてフワモコを捨てた。 「だとしたら、ほんと最悪だな、もし異常があったとしても、最期まで面倒みるのが責任ってやつだろ」 「うん……、だよな」 異常があったと断定する事は出来ないが、どのみち捨てた奴は最低だと思う。 だけど、だとしても……こんなに小くて可愛らしい命を奪うなんて、神様は残酷過ぎる。 もう甘えて擦り寄ってくる事もない。 せめて撫でてあげようと思って、カチカチに固まって冷たくなった体を撫でた。 「なあ、シン……」 すると辰己が声をかけてきた。 「……ん?」 「そんなに凹むなよ、こんな言い方したら誤解されるかもしんねーけど、里親に出す前で良かったんじゃね?」 俺が泣きそうな面をしてるから、見かねて言ったんだろうが、なにを言いたいのかイマイチわからない。 「なんで?」 「悲しむ人が俺達だけで済むだろ?」 「あ、そっか……」 なるほど……そういう事か。 確かに辰己の言う通りだ。 もしすぐに里親が見つかっていたら、フワモコは貰われた先で突然死していただろう。 そんな事になったら俺達も責任を感じるし、せっかく里親になってくれた人を悲しませる羽目になる。 俺達だけで済んだんだから、そこは救いだったと言えるのかも。 俺達は沈んだ雰囲気の中でやるべき事をやらなきゃならない。 フワモコが死んだ事はめちゃくちゃ悲しいが、だからといって時は止まってはくれないし、晩飯を食い、風呂に入って明日の為に眠る。 亡骸になったフワモコの為にしてやれる事は、フワモコをどこかに埋葬する事だ。 辰己はきっちり時間の決まってる仕事だから、俺が原付で近くの山に行って、誰も来ないような場所に埋葬する事にした。 それから俺達は2人して淡々と用事を済ませ、部屋中に悲しみが充満する中で辰己と一緒にベッドに入った。 「辰己……」 俺は悲しみをぶつけるように辰己に抱きついた。 「ああ、可哀想な子猫だったな」 辰己は横に向き直って俺を抱きしめてくれる。 「ペットホテルに預けたの、良かったのかな?」 俺はフワモコをペットホテルに預けて寂しい思いをさせたんじゃないか? ってちょっと後悔していた。 「それは……俺らにはそれしか出来ないだろ?」 「うん……」 辰己は同い年なのにすげー落ち着いていて、冷静に話をする。 「シン、忘れろ」 と思ったら……いきなりなキス。 「んんっ……!」 不意打ちだったのでびっくりした。 「すぐヤレるんだろ?」 さっきは冷静に見えたのに、突拍子もなくそっちへ話を振ってくる。 「あ、あの、うん……、それはやってる」 俺はフワモコの事がショックで、決してそれを期待しているわけじゃなかったが、なんとなくいつもの癖で、風呂に入ったついでに体を綺麗にしていた。 「じゃ、ヤルぞ」 やろうと思えばヤレるが、こんな時にヤルのはどうかと思った。 「いや、でもさ……、それって不謹慎じゃね?」 お通夜みたいな状況なのに、セックスするのは躊躇してしまう。 「そんな事ない、動物は本能のまま生きてる、あの子猫が初めっから死ぬ事が決まってたとしたら運命には逆らえないんだ、いつまでも引きずってたら成仏できないぞ、俺らは人間だ、人間として本能に従えばいい、その方が供養になる」 「そっか……、わかったよ」 辰己の言う事は少々強引かもしれない。 けれど、一理あるとも思った。 だから俺は辰己に抱かれた。 不謹慎だと思ったのに、突かれる度にいつもより感じている。 「っ……辰己、俺さ……フワモコ飼いたかった、でも……どっちみち死んだんだよな」 消そうとしても残る後悔を……喘ぎながら口にした。 「ああ、だから……どうしようもない、どうしようもない事で悲しむのは無意味だ」 辰己は正常位で突き上げながらキッパリと言った。 「ああ、わかってる、あっ、そこ……やべぇ」 ナニが前立腺を突き上げ、体がビクンと跳ねた。 「埋葬には付き合えないが、しっかり葬ってやれ、それでいい」 辰己は体を揺らしながら言ってくる。 「あっ、あっ、わ、わかった、んっ、イク……」 俺は前立腺をヤラれると弱い。 いつも呆気なくトコロテンしてしまう。 「イきそうなんだな、そう、いつも通りでいいんだよ、一緒にいこう」 「あっ、う、うん」 激しくなる揺れに合わせて視界が揺れ動き、イキそうになって辰己にしがみついた。 「うっ、あ……」 辰己がぐっと深く貫いて止まったら、俺もトコロテンして身体中が快感で痺れ、あまりの気持ちよさに目が眩んだ。 「ん……あぁっ!」 反射的に背中が反れる。 「シン……」 辰己は俺の頭を押さえつけてキスをしてきた。 射精しながらキスするのは、辰己がよくやるパターンだが、この息苦しさが快感とごっちゃになって堪らない。 思わず辰己の背中に指を突き立てた。 よく結婚式で、病める時も健やかなる時もって台詞を聞くが、俺は辰己と病める時も健やかなる時も一緒にいたいって、心からそう思った。 それから……フワモコの事はすぐに忘れる事は出来ないが、辰己の言うように、運命だったんだと……そう思う事にした。
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