6、同情や優しさはほどほどに

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6、同情や優しさはほどほどに

◇◆◇ あれから、警察が定期的にパトカーで巡回してくれるようになった。 パトカーが来るだけでも威圧感はあると思うので、俺はひとまずホッとした。 ただあの男が、どうして俺達の部屋の方ばかり見ているのか、それが気になった。 もしかして……辰巳が担当してる生活保護の受給者だったりするのか? でも、あの感じはストーカーっぽい。 ただ俺を見たら逃げるし、夕方限定で来るって事は……ターゲットは辰巳だろう。 生活保護を受けてる奴が、辰巳にストーカーしてるって事なのか? だけど女ならわかるが、謎の男は当たり前に男だ。 もしあの男がガチでストーカーでゲイだとしたら……。 俺もあの男に見られてるんだし、辰巳と俺が一緒に暮らしてるのがバレバレじゃないか。 同棲相手がいる時点で諦めるんじゃないのか? うーん……、俺はストーカーするような奴らが何を考えてるのか、さっぱりわからない。 つーか、まだストーカーと決まったわけじゃない。 ま、警察に通報したんだし、これで謎男もやって来なくなるだろう。 ……と、そう思って安心していたある日、俺はまた夕方に帰宅する事になった。 パトカーが巡回するようになって姿を見せなくなったし、俺はもうすっかり大丈夫だと思っていた。 でもちょっと気になって、バイクをとめるついでにあの電柱を見た。 すると、またあの男がこっそりと立っていた。 パトカーがいない時を見計らってやって来たのか? 俺はなんか腹が立ってきて、ヘルメットを脱ぎ捨て、衝動的に男に向かって走り出した。 じっと見てるだけっつっても、気色わりぃ。 捕まえて殴ってやろうとか、そんなつもりはなかったが、何故俺達の事を見てるのか、聞き出さなきゃ気が済まない。 男は俺より背が高いが、痩せていて見るからに貧弱な体格なので、中肉中背で平均的な体格の俺でもなんとかなると思った。 だが、逃げ足が速い。 男とはどんどん距離が離れていったが、運良く男がつまづいて転けた。 俺はここぞとばかりに全力でダッシュし、地面に這い蹲る男の背中を押さえつけ、片腕を掴んで後ろに捻りあげてやった。 「痛い、やだ、やめて~」 「ん?」 男は悲痛な声で訴えたが、パッと見俺らより年上に見えるそいつに、何か違和感を覚えた。 けれど、ストーカーをしていたのは間違いないし、俺は体重をかけてのしかかり、男に向かって言った。 「お前、なんで俺らの事を見張ってんだよ」 「違うの、あたしはなにかしようだなんて思ってないわ、誤解よ」 そしたら、がっつりオネェ口調で答える。 「あ……」 これは……オネェだ。 こいつ、女装してるわけじゃなく普通の格好をしてるが、そっち系の奴だったのか。 さっき感じた違和感はコレだった。 「あたし、ニューハーフBARで働いてたの、でも肝臓を壊して働けなくなって、それで生活保護を申請したの……」 男は涙声で事情を語り始めたので、俺は歯向かう意志がないと判断して男を離した。 すると男は力無くよろよろと立ち上がり、俺は男と向かいあって立った。 たった今ざっくりと訳を話したので、なんとなく事情は見えていたが、男は俺が聞く前に自ら話し始めた。 要は働けなくなって、恥をしのんで市役所の生活保護課に行ったという事なんだが、好き勝手に生きてきたので貯金もなく、職業柄どうしてもオネェ口調になってしまうらしい。 申請しに行った時に対応した職員は、ニヤニヤして馬鹿にしたような態度をとったと言う。 男は恥ずかしさと怒りで席を立とうとしたが、その時、辰巳がその職員に声をかけて交代した。 辰巳はニヤつく事もなく、真面目な顔で男の話を聞き、真摯な態度で対応したようだ。 その上で男の申請を認めたらしい。 男は涙が出る程嬉しかったと話す。 その後無事申請が通り、生活保護を受ける事ができたらしいが、その件があった事で辰巳の事が忘れられなくなったと話す。 怖い系の顔をしているのも、自分のタイプにぴったりはまったとか……。 で、こっそり辰巳の後をつけてアパートを突き止めた。 しかし、そこで俺の存在に気づいた。 男は『なるほど、だからあたしの事を差別しなかったのね』と納得したらしいが、俺はそこんとこは身勝手だな~と思った。 俺が辰巳と同居してたとしても、イコール特別な関係だとは限らないだろう。 やっぱオネェだし、自然とそういう目で見てしまうのかもしれない。 まぁ~当たってはいるんだけど……。 兎に角、辰巳がそっち側の人間だったのは、男にとっては喜ばしい事だったらしいが、同棲相手がいるのはショックだったと言う。 ショックを受けて諦めようと思ったらしいが、どうしても辰巳の事を諦める事ができず、姿だけでも見ようと思って電柱の陰に隠れ、帰宅する辰巳をこっそり見ていたらしい。 ひとしきり話を聞いた後、俺は表現し難い気持ちになった。 男の事は気の毒だとは思う。 けれど……俺はこの男が辰巳に付き纏うのはキモいし、許せるわけがない。 男には悪いが、ここは心を鬼にして、キッパリと言った方がいいと思った。 「あの、気持ちはわからねー事もないけど……俺と辰巳はパートナーで、辰巳に付き纏ったところで辰巳があなたと付き合うとか、無理だよ、正直ストーカーされるとか、怖いだけだし、俺が警察につき出せばあんたは捕まるよ、まぁ実害はないから説教くらいで終わると思うけど、俺はそんな事したくない、こんな真似はやめて他に好きな人を探したら? 嫌だっていうなら……警察に言うよ」 「ちょっと待って、それは困るわ、ええ、わかったわ、あたしだってわかってはいたの、でもつい……、もうこんな事はやめる、だから警察は無しにして」 脅すように言ったら、男は酷く狼狽えてストーカーをやめると言う。 「それって、マジで約束できる?」 けど粘着質な奴は簡単には信用出来ない。 「ええ、絶対約束するわ」 疑うような目をして聞いたら、男は強い口調で約束した。 「わかった……約束を破ったら次は警察だからな、じゃあ、もう行っていいよ」 そこまで言うなら信用するしかないが、念の為、もう1回脅しておいた。 「ええ、ありがとう、あたし井筒さんにお世話になったのに……馬鹿だったわ、ほんと迷惑かけてごめんなさいね、じゃあ……」 男はオネェ口調で礼と詫びを言うと、深々と頭を下げて俺に背中を向けて歩き出した。 痩せた体でとぼとぼと歩く姿は同情をさそったが、男のやった事は間違っている。 これで良かったんだと思い、俺も男に背中を向けてアパートに戻った。 部屋に入ると、辰巳は既に帰宅していた。 「裸エプロンじゃなくて悪いな」 能天気にエプロン姿で冗談を言ってきたが、俺は冗談に乗る気分じゃない。 「なあ辰巳、お前、生活保護を申請してきた奴にストーカーされてただろ」 俺はキッチンの椅子に座り、さっきの男の話をする事にした。 「え、あ……、ひょっとしてこの周りをうろついてた?」 辰巳はすぐにわかったらしい。 つー事は、本人もストーカーされてるのを知ってたと言う事だ。 「ああ、ちょい前から俺らの部屋を見てるのに気づいて、俺、警察に通報したから」 警察には一応解決したと連絡するつもりだが、辰巳が噛み付く原因は……やっぱ『ストーカーが原因』でほぼ確定だろう。 「そうだったのか……、ああ、実は俺が担当した人なんだが、申請を受理した後、市役所にやって来てお茶でもどう? って誘ってきた、俺はあくまでも仕事でやってる事だし、相手が誰だろうが関係なく同じように接してる、その人はオネェだったんで他の奴はニヤついてたが、なんかさ、むかついて俺が交代したんだ、それを誤解したのかな? もちろん誘いは断ったんだけど、それ以来、用もないのに俺の課にやってきて、目の前にある椅子に座ってこっちを見てるんだ、でも家の周りにいるのは気づかなかった」 あの男、俺には言わなかったが、市役所にも行ってたのか……。 そんな事されたらキモすぎるわ。 「そっか、でもさ、用もないのにじっと見てるって、キモくね? いや、オネェだからとか関係なく、たとえ女だったとしても迷惑行為にあたらね? 上司にでも相談して注意して貰えばよかったのに」 「ああ、そうなんだが……、なんか可哀想に思えて、キツく言えなかったんだ」 辰巳はあの男がオネェで、周りから差別視されてるのもあって、変に情けをかけてしまったんだろうが、それは逆にあの男を苦しめる事になったんじゃないだろうか。 キッパリとやめるように言わずに黙ってるから『もしかしたら……』と男に変な期待をさせてしまい、その挙げ句、男は家にまでやって来るようになった。 辰巳が下手な同情をしたせいで、あの男は歯止めがきかなくなってしまったんだろう。 「俺さ、さっきあの男を見つけてとっ捕まえた、んで、2度とストーカーするなってハッキリ言ったんだ、約束出来ないなら警察につき出すと脅しといたから」 ……とか辰巳には偉そうに言ったが、実際警察にはつき出さなかったんだから、俺も甘いと言えば甘いかもしれない。 でも、多分……もう大丈夫だ。 「えっ、マジで? とっ捕まえるって……、シンがそんな事をしたんだ」 辰巳は驚いた顔をして言った。 「ああ、あんな事されたら気色わりぃだろ」 あの男を見てイラッときたのは事実だが、勝てそうな相手だから追いかけて行ったっていうのはある。 「そりゃまあ……」 「な、もうこれで安心だ、もしまだ付き纏うようなら、今度はハッキリ言いなよ、付き合う気もないのにいい加減な態度をとったら……逆に傷つける事になるんだからな」 俺は辰巳にも注意した。 辰巳が今の課にいる限り、これからも様々な人と関わる事になる。 また同じような事が起きるのはゴメンだ。 「ああ、わかった、なんか迷惑かけて悪かったな」 「いいよ、わかってくれればそれでいい」 これでストーカーの件は無事解決した。 辰巳も噛みつくのをやめてくれるだろう。 だが……。 そう思ったのは甘かった。 その夜、俺は辰巳に抱かれたが、辰巳は興奮して肩に噛みついてきた。 「いてっ……!」 「シン、ストーカーの事、ありがとう」 噛み付いておきながら礼を言う。 「じ、じゃあ……、噛むなよ」 「それとこれとは別だ、噛むと穴が締まるんだ」 締まるって……。 「ちょっ……どーゆー……」 まるで俺がゆるゆるみてぇじゃねーか。 「シンのアナル、気持ちいいよ、でももっと気持ちよくなるんだ、それにほら」 辰巳はまた前立腺をグリグリやってくる。 「あっ、ああ、ずりぃ」 それをヤラれたら、気持ちよくて体がびくついてしまう。 「たまんねー、やっぱ最高だわ」 「ハァハァ、あ、あぁ、うっ」 結局、ストーカーを解決しても、噛み付くのは解決しなかった。 但し、前ほどやたらと噛まなくなったので、やっぱりあのオネェな男がストレスになっていたのは間違いない。 俺は正常位で辰巳と繋がり、たまに噛みつかれながら一緒に揺れ動き、痛みと快楽の狭間で辰巳と一緒にイキ果てていた。
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