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ジョンはドーナツ屋に入った。
昼時であるが、ほかに客は誰もいない。店長のアマンダに小さく手を上げて、カウンター席に向かう。椅子に深く腰かけ、シュガードーナツ一つと珈琲をたのむ。もはやお決まりだ。
注文を受けたアマンダは厨房に引っ込んだ。ドーナツの生地をこねる音が耳に心地よい。ジョンは店内を見まわし、大きな声できく。
「ウェイトレスは勤務時間を変えたのか? お前さん一人だな」
「……辞めてもらった」
「そうか。あんたと違って愛想の良いねえちゃんだったけどな」
じゅっ、じゅっと厨房から音が立つ。油にドーナツが飛び込んだのだろう。揚がっていくそれを想像すると、口のなかに生唾が溜まる。
「失礼なジジイだね」
揚げている間に、アマンダがカウンターに戻ってきた。湯気のあがる珈琲を持って。
「賃金を払えなきゃ仕方がない。それともあんたがボランティアで働いてくれるかね」
ジョンのまえにカップを置いて、親指と人差し指を擦りあわせた。
にやけていたジョンが真顔になる。
「──金がないのか」
「このご時世だろ。食いに来てくれる奇特な客は、あんたぐらいさ」
アマンダが肩をすくめる。
弱音をはく店長をみるのは初めてだ、とジョンは驚いた。
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