第二話 化粧室の邂逅

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第二話 化粧室の邂逅

 佐藤先生の好意に甘えて、ひとりの辞退者もなく母校に来ていた。高校は私たちが机を並べていた当時と何ひとつ変わっていなかった。自分たちの席に着くと、懐かしい思いが込み上げてきた。  ひととおり教室内を見学して思い出に浸った後、先生にお礼を伝えて家路に着く者が現れた。賑やかだった雰囲気は、徐々に寂しくなりつつあった。 私も同じように挨拶を交わし、教室を後にした。その時、帰りがけに明かりも灯っていない化粧室に寄りたくなった。私は本当に愚かだった。たくさん飲んだビールが災いしたのか、恥ずかしいことに我慢できなくなってしまった。  誰もいない化粧室は、まるで異世界のような静けさに包まれていた。先ほどまでの和やかな宴の雰囲気が一変し、ただミステリアスな足音が私の方に一歩ずつ近づいてくるような気がした。薄暗く狭い空間の中で、壁にかかった古びた鏡や、かすかに聞こえる水滴の音が不気味さを増していた。 私は、飲み過ぎた自分の過ちを思い出しながら、後悔の念に苛まれ、しばし絶望の淵に追い込まれた。  そそくさと用を足すと、逃げるように少しでも明るい廊下へと足を向けた。そんな私の意に反して、突然、恐ろしい運命の導きのごとく、暗い影を伴いながら声をかけてくる女性が現れた。 「久美でしょう。逃げないでよ。私のこと、覚えていないの? 同窓会には参加しなかったけど……。一度母校の教室だけは見たかったんだ。少しぐらい付き合ってよ」  そこに立っていたのは、同窓会に欠席したはずの百合だった。なぜか彼女の髪は濡れて乱れ、目は赤く染まっていた。私の姿に気づき、どこからともなく追いかけてきたのだろうか……。恐ろしさのあまり言葉に詰まった。 「何、黙っているの……」 「ごめんなさい。百合ちゃんのこと、覚えてるわ。今日は同窓会に三人が来なかったから心配していたの」 「嘘ばっかり。心配したのは祐介と美穂のことでしょう。彼らが来れないのは知っていたわ。ふたりとも、もうこの世にはいない人になっているから」 「えっ……。そんなこと、聞いていないわ。何かの間違いでしょう?」 「何を言ってるの。知らないのは久美だけ。同窓会なんて、ナンパの口実よ。皆、都合が悪くて暗い話は口にしたがらないからね」 「またぁ……。冗談、言わないでよ」 「海で波にのまれて死んだのよ。美穂が身ごもっていたから、ふたりで心中したのかもしれないけど。皆には会いたくないから、じゃあね……」  百合の言葉には、晩夏の空蝉のような冷たい響きが感じられた。それだけを言い残し、彼女は去っていった。私は、祐介が死んだなんて……どうしても信じられなかった。  ただ、薄暗い廊下には、百合の姿がまるで亡き者のように揺らめく影だけが映り込んでいた。
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