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第三話 恐怖の囁き
物憂げな想いに駆られながら、また慌ただしい日常に戻るしかなかった。祐介の悲しい顔が脳裏に浮かんだものの、連絡先は知らなかった。私は確かめることもできずに数日が過ぎた。そして、会社の昼休みのひととき、同窓会で利用したイタリアンレストランに再び立ち寄った。
「おい、久美じゃないか。狭い街なのに何年ぶりだよ」
頼んだメニューが届くまで、いつものエッセイに目を通していた時、突然、男から声をかけられた。見上げると、懐かしい笑顔が目に飛びこんでいた。
「えっ、祐介。本当に祐介なの?」
「何を言ってるんだ? 決まってるだろ」
「だって……。同窓会に来なかったから」
「ああ、身体が調子悪くてごめんな……」
「実はね、笑わないでよ。私、奇妙な話を聞いたんだ」
「それ、何の話?」
「ここだけの話にしてね。祐介と美穂が心中したって」
「おいおい、僕たちを勝手に殺さないでくれよ。いくらなんでも、酷すぎるだろ!」
祐介は私の話を笑い飛ばした。でも、私は真剣な眼差しで祐介を見つめていた。
「うん、そうなんだけど」
「誰から、聞いたんだよ?」
「だから、百合から」
私は正直に、母校の化粧室で経験した内容を包み隠さず告げた。祐介は百合の名前を聞いた途端、その顔色が真っ青に変わった。
「本当に……。それ、間違いないんだな」
「ええ、嘘じゃないから」
祐介は恐ろしさに苛まれたのか、身体を震わせた。彼女は先日、実家近くの海で波にのまれて、水死体で発見されていたという。彼は、人づてに身内だけで百合の葬儀が終わったと聞いたらしい。
「なんかあったら、僕に連絡して来いよ」
彼は自分の連絡先を教えてくれた。だが、恐怖はとどまることなく続いた。血のようなインクで恨みつらみを込めたような手紙が彼女の名前で、彼のもとに届いていたという。亡くなったのは、祐介と美穂ではなく、百合本人そのものだった。
あの時に、私が化粧室で出会ったのは白昼夢の陽炎だったのだろうか……。今でも、百合の恐ろしい囁きが、しっかりと私の心に響き渡っている。彼女が何を考えて私の前に現れ、祐介に手紙を送りつけたのかは、今となってはわからないが……。
その日、仕事帰りにアパートの郵便受けが気になり、また中を覗いた。そこには、一通の封書が届いていた。不安に駆られて、恐る恐る中を開けてみた。それは、同窓会の代表幹事からのお礼状だった。便箋に添えて、会場で撮られた写真が同封されていた。
和やかな雰囲気の中で、私が皆と言葉を交わす光景が映し出されており、思わずほっと安堵とともにため息を漏らした。
しかし、最後の集合写真に目が留まった。なんと信じられないことに、百合があの日出会った服装のままで皆の背後に映りこんでいたのだ。私は絶句したままで、暫し呆然と立ち尽くした。堪えきれず、祐介にさっそく連絡をした。
「祐介、助けて。同窓会の写真に百合が写っているの。あの日の恐ろしい雰囲気のままで……」
「何だって? 今すぐ写真を送ってくれ」
私は涙をこらえて震える手で、写真を祐介に送信した。すぐに、彼から電話がかかってきた。
「久美、これは……本当に百合だ。どうしてこんなことが……」
「ううん、わからない。でも、彼女が私たちに何かを伝えようとしているのかもしれない」
その夜、私は不安に駆られながら眠りについた。夢の中で、百合の囁きが再び聞こえてきた。
「久美、起きて……。あなたも同じ想いだったのでしょう」
突然、目が覚めると、全身が汗でびっしょりになっていた。時計を見ると、真夜中の二時。世にいう不吉な丑三つ時だ。部屋の中は静まり返っている。だが、何かが違う。どこからともなく、かすかな足音が聞こえてくるのだ。
怖々カーテンを静かに開けると、そこには誰もいなかった。ところが、窓ガラスには血のような赤い文字で恐ろしい言葉が書かれていたのだ。私は居ても立っても居られず、恐怖に打ち震えながら祐介に連絡をした。
「窓に血のような文字で『恨み晴らす』って書かれてるの。どうしよう……」
「久美、すぐに警察に連絡しよう。これはただ事じゃない」
彼の言葉に従い、私は警察に連絡をした。警察官が到着し、状況を詳しく説明すると、彼らは慎重に調査を始めた。けれど、窓ガラスの文字はすでに消えていた。
「証拠がないので……」
警察官も困惑している様子だった。ますます不安になり、祐介に頼るしかなかった。
「祐介、どうしよう。これからどうすればいいの?」
「久美、僕がそばにいるから大丈夫だ。何があっても君を守るよ」
祐介のこよなく温かい言葉に、少しだけ心が安らいだ。だが、恐ろしさは完全には消えなかった。百合の囁きが、私の心に深く刻まれていたのだ。
その後も、おぞましく不思議な出来事が次々と起こった。夜中に響く不気味な足音、突然揺れる食器戸棚、そして再び窓ガラスに浮かび上がる血のような文字。さらに、冷たい風が部屋中を吹き抜け、見えない手が私の肩をひんやりと掴むような感覚に襲われた。
私は心が壊れそうなほど追い詰められ、恐怖に包まれていった。身の毛もよだつ思いがして一睡もできなかった。照明をつけたまま布団を被って震えていると、祐介が心配そうな眼差しで駆けつけてきた。彼は私をそっと抱きしめ、真剣な表情で言った。
「久美、百合の死の真相を突き止めなければならない。それが、僕たちの運命的な使命だ。彼女が何を伝えようとしているのか、解明しよう」
私は祐介の言葉に頷き、決意を新たにした。恐怖に打ち勝ち、百合の真実を解き明かすために、私たちは共に立ち上がることを誓った。
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