夜に虹がかかるのは

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#3  2日目。  その日も36℃の猛暑予想だった。  克史は会社に行き、クール便専用のトラックに乗り込む。冷蔵室になった荷台には、昨日不在だった505号室の峯村さんの荷物もある。  今日は、連絡して来て欲しい。  克史はそう思いながら、トラックのエンジンをかけた。  克史の仕事用のケータイには再配達の留守録が何本か残されていた。運転中は電話に出られないので、配達先でトラックを停めた時に確認する。  残念ながら、峯村さんからの連絡は入っていなかった。  留守録に入っていた客に連絡し、配達時間を連絡し、またトラックを走らせる。    克史は運転席から空を見上げる。  さっきまで夏らしい青空と入道雲が見えていたのに、黒い雲があっという間に広がり、遠雷も聞こえた。  天気予報ではゲリラ雷雨の予報も出ていた。トラックをコンビニの駐車場に停め、ケータイで再度、天気予報を確認する。  微妙な感じだ、  地球温暖化のせいか、この数年の天気は明らかにおかしい。克史の仕事は天気にも大きく左右される。ゲリラ雷雨によって道路が冠水して通れなくなったり、以前は突然、大粒のヒョウがフロントガラスにひび割れを作ったこともあった。  宅配業にとって、天気の急変は死活問題にもなりかねない。  克史は、レインコートを助手席に置き、エンジンかけ、ラジオのスイッチを入れる。トラックドライバーにとってラジオは、仕事の相棒のような存在だった。    午後、フロントガラスに雨粒が一粒落ちる。  それはすぐにあっという間にざぁーと音を立てた豪雨になった。  フロントガラスから見える街は霞み、ワイパーが忙しなく動く。    レインコートを着て荷物を運ぶが、自分か濡れるより荷物を雨から守るのが優先だ。ビニールでしっかりと荷物を包み、駆け足で雨の中を何度も走る。留守宅ならまた荷物を持ち帰る。  運転席で克史は濡れた体をタオルで拭きながら、今更のように宅配便の仕事を選んだことを後悔していた。  ほとんどの人は、宅配業者の苦労を知らない。約束の時間に遅れようものならぐちぐちと文句を言われ、最初から段ボールに歪みや傷みがあっても、こちらのせいにされることもある。  宅配は、肉体だけでなく、心を疲弊させる。  以前、荷物を捨てた宅配業者がニュースになったことがあるが、克史は共感した。一歩間違えは自分も同じことをしてたかもしれないと。  そう思った同業者は、きっと大勢いたに違いない。  もちろん、ありがとうやご苦労様とねぎらいの言葉をもらうとそれだけで救われるのも事実だが、もうそれだけでは持たないほど、克史は心身共に疲れていた。    夕方、雨は止む。  しかし、峯村さんからの連絡はない。克史は帰り道、荷物を持たずに峯村さんのマンションに寄ってみた。  インターフォンを押したが返答はない。  2枚目の不在票をポストに入れる。  留守電は聞いていないのだろうか・・・。  せめて電話一本入れられるだろうと、恨めしい気持ちさえ起こった。  あと一日。    明日、連絡がなければ、荷物は届けられない。
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