夜に虹がかかるのは

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#1  応答がない。  工藤克史はもう一度、峯村と書かれた505号室のドアフォンを押した。  1秒、2秒、3秒・・・。  応答はなかった。  3度ドアフォンを鳴らすこと。鳴らして10秒以上返答がない場合、諦めるのが克史の会社の宅配ルールだった。  以前、しつこく鳴らして苦情を言われたことがある。在宅していた客は病気で伏せっていた。それ以降、深追いはしない。  しかし、今回、克史が担当していたのはクール便だ。普段のエリアとも違う初めての地域だ。  お客様には、置き配する場合があることをサイトで通知しているが、クール便と代引きの置き配はそれができない。  特に、35℃以上ある危険な暑さが続く8月だ。絶対に置き配などできない。  克史は手に抱えた小ぶりな段ボールを見つめる。  送り主は、峯村勝江。届け先は、峯村すずとある。  これまでの経験から、おそらく母親が娘に送ってきたものにだろうと推測した。  生鮮食品や果物。季節柄、アイスなどのデザートという可能性もある。  いずれにしろ、自分の娘に食べさせたくて送ったものに違いない。  克史も若い頃、親がよく荷物を送って来た。  わけのわからないものもよく入っていて、毎回笑いのネタには困らなかったが、その荷物は、もう永遠に来ない。  8年前、父、そして後を追うようにして母が亡くなったからだ。  荷物が来ていた頃は、もうそんなに送らんでいいよと電話で伝えたが、いざ、来なくなると、親のありがたみが身に染みてわかるようになった。  いらないものや何のために入れたかわからないものでも、両親は買い物に行き、せっせと段ボールに詰め込んだのだ。段ボールに詰め込まれているのはモノではない。  親の思いそのものだったのだと気づいた。  克史は額の汗をかいて拭う。不在連絡票に自分の名前とケータイ番号を記載し、505号室のポストに入れた。  猶予は今日を含めて3日。  3日間は自社の冷蔵庫で保管するが、連絡がなければ、送り主に戻す。  せっかく送った荷物が戻って来てしまった時の送り主の落胆した顔を思い浮かべ、克史は自分事のように切なくなった。 「届けたい・・・この荷物を」  独り言を呟き、克史は足早にトラックへと駆けた。
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