3章 チョコレートコスモスを添えて  第5話 姉弟のお城

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3章 チョコレートコスモスを添えて  第5話 姉弟のお城

 (りゅう)ちゃんと綿密な打ち合わせを重ね、世都(せと)と龍ちゃんが岡町に「はなやぎ」を構えたのは、世都が26歳、龍ちゃんが24歳のときだった。  世都は勤務先のセントラルキッチンでお料理の腕がさらに鍛えられていたので、お料理も強みにしたいと思い、龍ちゃんはお酒も豊富にしたいと主張した。  正直、日本酒を主体にするのは賭けだった。やはり人気のお酒は生ビールで、若い女性ならカクテルなども人気で、少し前には焼酎の人気も上がった。  世都と龍ちゃんも、生ビールは好きだ。日本酒離れなんて言葉だってある。だが全国の酒蔵、杜氏(とうじ)さんたちが丹精込めて(かも)した日本酒を、ぜひ広く味わって欲しいと思ったのだ。  だからいろいろな飲み方ができる様にした。ハイボールはもちろん、ロックだって水割りだってお湯割りだって、お客さまが飲みやすい様に、柔軟に対応する。  日本酒が苦手な人でも飲みやすいスパークリングタイプも多く用意した。  参考のためにと、少し遠方でも足を伸ばして日本酒バーにも行った。場所柄なのか盛況なお店や、しっとりと落ち着いたお店もあって、やはり場所は重要だなとつくづく感じた。  岡町は下町で、商店街には活気がある。世都たちが借り受けた本通りにはあまりお酒を出すお店は無いが、この商店街は通勤路にもなっていて、お仕事帰りの会社員のお客さまが見込まれた。  色んな背景のお客さまに来てもらいやすい様に、できるだけお手頃価格を心掛けて。  内装にもこだわって、居心地の良さを意識した。カウンタ席も脚の高い椅子を使わず、テーブル席はソファにして。  お酒、日本酒のお店なのだから、多少回転が悪くなることも織り込み済みだ。座りの悪いお店にお客さまは再訪しない。それはこれまでお客の立場だった世都と龍ちゃんの意見が一致した。  そうして「はなやぎ」はオープンした。  未熟だった自覚もあったし、最初から巧くはいかないだろうと分かってはいた。閑古鳥(かんこどり)が泣いても近隣へのショップカードポスティングやグルメサイトへの働きかけ、SNSアカウント取得からの宣伝ポストなど、思いつく限りできることはした。  タロット占いをする様になったのは、お客さまと「中二病だったとき何をした」かで盛り上がったことがきっかけだった。 「私は、タロットカードにはまりましたねぇ」 「ほな、今度わしのことも占ってくれや」  大阪人の場合、大抵こういうことは本気では無く、流されることが多い。だから世都も社交辞令だと思っていた。だが何だか懐かしくなって、世都は押入れにしまい込んでいたタロットカードを取り出した。それを「はなやぎ」に持って行き、カウンタの隅に置いておいた。  そしたらそれが他のお客さまの目に留まり、占いを請われたのだ。 「タロットカードやん。女将(おかみ)、占いやるん?」 「昔ちょっとかじったんです。お遊びみたいなもんですよ」  そして言われたままカードを切ってみると、その暗示が当たってしまったのだ。どうやら予想外の才能もあった様だ。それから世都は、お客さまの希望で、時折タロット占いをする様になった。  そして、「今」なのだ。6年間、姉弟ふたりでがむしゃらにやって来た。「はなやぎ」を理想の素敵なお店にするために。  まだまだ道半ばだと思っている。お店をさらに大きく、なんて野心は無いが、もっと存在が広まればという野望はある。たくさんの人に日本酒を楽しんでもらうために。  日本酒は本当に奥が深い。まだまだ若輩者の世都には底知れない。とはいえお客さまには知識や理屈などにこだわらず、ただただ美味しいと思って欲しい。  この「はなやぎ」は、両親に(かえり)みられなかった子どもたちが大人になり、やっとの思いで築いたお城だ。世都も龍ちゃんも、もう親はいないものだと思っている。捨てる捨てない、死んだことにする、そこまででは無いにしろ、両親が我が子、世都と龍ちゃんを愛情という形で求めなかったのだから。  ふと、勝川さんのことを思い出す。家族に愛情たっぷりで、いつでも一緒にいるべきだと力説していた勝川さん。きっと娘さんのことも可愛がっているのだと思う。  時折、虐待(ぎゃくたい)ののちに……なんて凄惨(せいさん)なニュースも聞く。結婚したから夫婦になれるわけでは無いし、産んだから親になれるわけでも無い。そんな現実を突き付けられる話だ。  今も無事に生きている世都と龍ちゃんはきっと幸せなのだろう。だから今、世都と龍ちゃんはできることを最大限にしようと思っているのである。
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