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「あ、彪流さん?」
「んぁあ?どした?」
「彪流さん、酔ってんの?」
中学校三年生にバレるほど酔ってたんだろう。
「んん?まぁ少しな。明日休みだし。」
「遊びに行ったりしないの?」
「しねぇよ…そんな元気無いわ…。まだ余裕も無い…」
「心配だね、大丈夫?」
「ん、まぁ、食欲と性y…オホン。食欲があるってことは健康な証拠だ…」
俺は誤魔化すようにしてまた缶ビールを開けた。
「なんかさ…派遣要請がたくさん来てて、新会長から彪流さんに声かけてみてって言われたんだけど…そんな疲れてたら声かけずらいナ…。」
「かけずらいって…もう声かけとるやんけ。」
「アハハ!まぁそうか。ごめんごめん。で?どう?スケジュール合いそ?こないだの定例会の議事録封書で送ったけど…着いた?」
俺は慌てて散らかった寮の机の上を乱暴に漁り、封書を見つけて中身を手に取った。
「ん、おぉ…あるよ。一件は行けるな。七月の…最後の週の…。グブェっぷ…ア゛ッ゛…」
俺は豪快にゲップをかまして議事録をもう一度見直した。
「きったないなぁ…もう…んで?大丈夫なの?◯◯子ども会のキャンプ…。行ける?」
「大丈夫、行けるよ。逆に◯◯子ども会しか行けないな。お前ら仲良し四人組誰か来んの?」
俺はさり気なく下田綾子への探りを入れた。
しかしそれは簡単に、盛大にズッコケる。
「うん、あたしが行く。」
下田綾子来ないんかーい。
「後は?」
「木下くんと伊原くんが来るよ。」
あ、やっぱり来ないんかーい。
しかし、俺は社会人。
そんなんで不貞腐れるほどガキじゃねぇ。
「ほぉ…木下って会長やってんだろ?なんか随分会ってねぇな。伊原も久々に会うな。あいつらもう高二だろ?そうか、今高三いねぇんだもんな。大変だな。」
「彪流さんが来るって言ったら喜ぶよ、あの二人。自分で考えてるよりも彪流さんを慕ってるの多いんだよ?」
俺は去年までの充実した毎日を思い出した。
ブートキャンプみたいな新入社員研修でコテンパンに叩きのめされて忘れていた。
俺は閃光ヶ原彪流、ボランティアに従事し、その存在を認められた男なり。
今じゃ◯◯工機株式会社の新兵と成り下がったが…。
もう一度輝こうじゃないか。
俺は缶ビールをグビグビと飲んだ。
「プハァ…そうか…しっかり働くよ。全力で現役どもをサポートする。約束するよ。」
「おぉ、頼りにしてるよ。んじゃね、また連絡するね。」
「うん、頼むよ。」
俺は通話を切り、大きなため息をついた。
すっかり消え失せた自信を取り戻すきっかけになればいいと考えていた。
下田綾子の事よりもまずそれが頭に浮かんだ事が自分自身意外だったのだ。
それほどまでに新入社員研修で追い詰められていたのかもしれない。
俺は煙草に火を点けて、立ち上がった。
そして遮光カーテンを開いて夜空を眺めた。
無機質な町の灯りが見える。
唸り上げるエアコンの室外機の音がやけに今日は愛おしい。
「そもそもキャンプ自体久々だな。」
俺は煙草の煙を吸い込んで、口を大きく開いて煙を吐き出した。
「綾子も高校に上がれば他の地域から来たカッコいい同級生に持っていかれちまうんだろうな。だから…綾子の…この夏休みで…勝負しなきゃ。」
俺が気取って決心したフリを決め込んでいると、またもやPHSが鳴った。
表示は「ナカノユミ」だ。
「何だ?切ったばかりだというのに…。」
俺は通話ボタンを押した。
「どうした?」
俺の問いに対して中野祐実の答えは意外なものだった。
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