3人が本棚に入れています
本棚に追加
「え…?」
下田綾子の声が聞こえたが、顔を見ることができない。
どんな顔をしているのか恐ろしくて見ることができない。
「ちょっと…さ…悪いんだけどもう少しだけ話がしたいんだ。」
「ん、んんと…ま、まぁ大丈夫…だよ?」
あれ?
何だこの返事は。
何か色々な含みを感じる。
しかし、俺はもう逝くしかないし、殺るしかない。
俺は車で数分の場所にある港に面した公園へと向かった。
恐る恐る下田綾子の顔を横目で見た。
うつむき、両手の人差し指を突き合わせてもじもじとした仕草を披露している。
可愛いんだけど…超可愛いんだが…?
これは一体何を表現しているんだ?
今さら怖気づく俺だ…しかし何度も言っているがもう後戻りはできないのだ。
散った桜は木へは戻らぬ
朽ちてその身を次世代の支えとし
朽ちてその身を大木へ捧げる
それがかたちあるもの全てに適用される真理
非モテの同志どもよ!
我が屍を踏み越えて!
掴むのだ!
女体という理想郷(ユートピア)を!!
港に面した公園へ到着。
生暖かく湿った空気が可視化されたような視界が広がっている。
「ちょっと…外に行かない?」
俺はどうにか口調を軽くしよう試みるがやはり緊張してしまっているようだ。
「ん…。」
あーもーこの「ん」て返事よ。
これ分かる人いるかなぁ。
俺好きなんスよね、色っぽくて。
極軽い咳払いみたいな「ん」ね?
ものすごく伝えにくいんだけど…
ま、いいや。
外に出るとその蒸し暑さに一瞬吐き気を催す俺だが、下田綾子は涼しい顔つきで車から出て来た。
機嫌は良いようだ。
態度や一つ一つの動作がまるで下田綾子の周りを音符が飛び跳ねているように見えてしまうくらい上機嫌だ。
ここで俺は不思議な体験をする。
昨今のラブコメ系の物語でありがちな展開だ。
「あ、気が付いたら思いを告げてた」ってヤツね。
アレをね書いてる原作者、そいつは恐らく非モテ陰キャだわ。
俺と同類。
神格化されてイキってんじゃねぇぞ?
(俺もファンを獲得してゴニョゴニョチョメチョメしたいってのは事実ではあるが…)
まぁどうでもいいや。
「綾子、聞いて。」
俺は下田綾子の前に回り込み両肩を掴み、ぼぅっと灯る街灯を斜め後ろに控えた場所で言った。
この時の表情は忘れ得ぬ。
湿り気、露、油気、なんと表現すれば良いのだろう。
うつむき加減な目に乗っているまつ毛が、俺の幼い恋心を豊満な乳房のように刺激する。
後はセオリー通りに声帯を震わせれば試合終了だ。
勝ち負けを決めるのは俺じゃない。
ジャッジをするのは下田綾子だ。
「彪流くん…?」
え?
下田綾子は俺を「くん付け」で呼んだ。
これは俺が派遣された子ども会で下田綾子と俺が初めて話した時に呼んだ呼び方だ。
しかし、その時と年齢も表情も違う。
下田綾子は明らかに女の表情だ。
恐れ?不安?期待?
少なくとも悪い表情ではない。
それはこの俺が危害を加える人間ではないと少なからず信頼していると思っていても間違いない。
「綾子、俺はお前が好きだ。いきなりで悪い。でも好きなんだ。どうしようも無いくらい、お前が好きだ。」
閃光ヶ原彪流・十九歳
下田綾子・十五歳
青い春。
間もなく成人となる未熟な男と、初な思春期の女。
これから歩むはずの道のりは、眩しい光に照らされていくことだろう。
はずだろう。
閃光ヶ原彪流の人生に於いて思いを俺から告げた最初で最後の事案。
なぜ最初で最後なのか、それはこの心の臓に刻まれた銃痕が物語る。
愛ちゃんや想いを寄せた女性達の顔が浮かぶ。
ニチャッと粘性の高い音を静寂の中に響かせて湿り気を失いかけた下田綾子の口が開いた。
最初のコメントを投稿しよう!