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下田綾子を車から降ろしてから気が気でない日が続いた。
続いたと表現したのは、下田綾子がそれほど長い期間結論を出してくれなかったからだ。
一思いに首を落としてほしかった。
いわゆる生殺し、真綿で首を絞めるというやつである。
一方で日が経つに連れて、諦めのような感情も生まれてきた。
思い人に思いを告げる、その大イベントをこなしたという祭りの後感に浸っていたというのも事実だ。
結果はどうあれ俺はやり切った。
思いを告げるとはどういう感情で執り行なわれるのかを学んだだけでも次へ必ず活かせるとこの時の俺は思っていた。
時はお盆を迎えていた。
地元の花火大会までに返事を聞きたかったが遂に連絡が無いままだった。
やがて自身の心に襲い来る憤怒。
その対象は言うまでもない、下田綾子に対してである。
お盆といえど俺は仕事だ。
仕事を終えて寮に戻ると玄関にある酒類の自動販売機でビールを購入し、そのまま自室へ戻った。
そして鞄も置かず、靴も脱がずに缶ビールを開けて一気に飲み干した。
最後の一滴まで飲み干し、缶を握り潰してフローリングの床にその缶を叩き付けた。
「ふざけんなよ…?綾子…。」
俺は鞄も床に投げ捨てた。
「てめぇは…何を考えてやがる…」
俺は部屋へ上がり、ベッドに腰かけて空調を効かせた。
俺は身勝手な怒りをその対象に直接ぶつけるほどの下等生物ではない。
俺は人であり、アメーバではない。
俺はPHSを取り出した。
時間は午後七時、別に迷惑になるような時間でもあるまい。
俺は落ち着かせる為に煙草に火を点けて、通話ボタンを押した。
「も、も…しもし…彪流くん…。」
下田綾子は湿り気のある声ですぐに電話に出た。
「考えた…その結果は…答えは出たかな。」
俺は怒りを噛み殺すようにして、極めて冷静な声で問いかけた。
問いかけた後、何かを堪えるようにマルボロの茶色いフィルターを前歯で噛んだ。
「長い間待たせてごめんなさい。お…おこ…怒って…る…よね?ゆ、許して?お願い…。」
あぁ怒っている。
時間を無駄にした上に一緒に行きたかった地元の花火大会まで孤独に過ごす羽目になった。
中途半端に繋がった首は痛みも酷いってもんだ。
おんなじ目にあわせてやろか?あ?
とは言いませんよ?
僕は大人であり、社会人ですからね。
「怒ってなんかない。ただ早く答えが知りたい、それだけ…だよ…。」
「うん…彪流くん、あたし…」
「うん、何だ?」
「分からないの…。」
はい、コレ負けたねコレ。
まぁいいや、分かった分かった。
「何が分からない?」
俺はもうどうでもよくなかった。
多分俺の予想した言葉が来る。
言葉は違えど間違いなくその意味を持った言葉が来る。
一応聞いてやんよ、言いな。
「あたしの中で彪流くんは凄い人過ぎたの。尊敬してるし…ホントこんなに尊敬できる人って他にいないくらい…。そんな彪流くんがあたしのことを好きって…そんなの分からないんだよ…。」
ま、まぁ少しズレてんのと買いかぶり過ぎなのはアレだけど概ね予想通りだな。
「分からない…なら…さ。」
「うん…」
「付き合ってみりゃいいんだよ。」
Wow...
やるじゃん、非モテ陰キャの分際で。
こりゃ中々の返しだろ。
とは思ってないよ?
怒りと緊張とが微妙な割合で混じり合い、何も考えられない。
そんな中で今考えてみりゃ中々の返しだと思っただけだ。
正直怒りもそうだけど、もう疲れたんだよね。
だから答えを急いだ。
だから妥協案を提示した。
さぁ下田綾子よ、好きにしろ。
「彪流くん、あたし…」
あぁこの口調は駄目か…。
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