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「あ、ごめんね?彪流さんさぁ、体育祭来る?」
「はい?体育祭?俺が?」
俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうそう。あたし達の先輩でしょ?最後の体育祭、見に来なよ。」
先輩でしょ?っていうわりにはもはや友達みたいな遠慮無しな話し方ですけど…。
年齢差も一定数以上になると振り出しに戻るんでしょうかね。
「何でまた俺が…?」
「綾ちゃん、選手リレーの選手だし、加瀬ちゃん二人共応援団だし、あたしは何と副団長だし。二学期始まってすぐ。九月の◯日だね。来なよ。ね?」
「あ、あまぁ…んじゃ行くよ。」
「オッケーオッケー。ありがと。待ってるよ。綾ちゃんも加瀬ちゃんも喜ぶわ。んじゃねー。」
通話は一方的に切られた。
「俺がお前らの体育祭見に行って何になるってんだよ…。」
俺は状況が飲み込めないまま眠りについた。
本配属された部署は中々ハードだった。
肉体的にも精神的にも擦り減る仕事内容だが、新入社員研修に比べれば大した事は無い。
この時初めて新入社員研修の意義を理解した気がする。
良い方法とはいえないが、学生気分を一掃してから今までの事を全否定し、無に帰してから新しいものを脳内に滑り込ませるとはこういう効果があるのか。
まぁ労働力が潤沢に存在していなければこんな篩にかけるような研修はできない。
それにしても充実しているのか、ただただ慌ただしく時間が過ぎているのか分からないが日が過ぎていくのが早い。
あっという間に◯◯子ども会夏季キャンプの日がやって来た。
俺は小学校六年生の頃から乗りたかった車を中古で購入していたのでそれで直接キャンプ場に乗り付けた。
キャンプ場の駐車場に着くと、俺は眩しさに顔をしかめて車から降りた。
懐かしい。
屋根のように覆い重なる真緑の木々の葉、薪の匂いと薪が焼かれる匂い、そして爆ぜる音が俺の五感を刺激した。
「暑いな…。早く来すぎたか…。」
俺は煙草に火を点けようとしたその時、駐車場の横をバスが通り過ぎた。
目で追うと、中野祐実と目が合った。
「あんまり変わってねぇな。あいつ。」
俺は煙草に火を点けてゆっくりと煙を吸い込んだ。
駐車場から100m無い程度の場所に管理棟があり、そこの前にバスが停まり子ども達がワラワラと降りてくるのが煙越しに小さく見えた。
俺はトランクからスポーツボストンを取り出して、煙草を咥えたまま管理棟へと向かった。
ホントこの時代はルーズだったな。
仕事さえ始めちまえば酒、煙草は黙認みたいな文化だった。
現に俺はこの後何度かボランティア活動にヘルプで出動しているが、煙草を吸っていても何も言われずにいたからな。
考えてみりゃあデタラメな時代だな。
普通に法に触れてるんだからな。
「彪流さん!」
中野祐実が俺の姿に反応した。
「おお!彪流くんじゃん?マジで来てくれたんだ!久しぶりぃ!痩せたね!!」
金髪にピアスのヤンキールックで、人相の悪い木下が俺に近寄ってきて俺の肩をバシバシ叩いた。
こいつぁ金髪ピアスとヤンキーアイテムを持っているだけではなく人相の悪さまで兼ね備え、更に悪そうな感じをブーストさせる「小太り短足」というアイテムまで使いこなす。
これで今この団体の会長だというのだから笑える。
「木下、お前学校ちゃんと行ってんのか?」
俺は煙草を灰皿に押し付けた。
「学校?まぁ一応行ってるよ?行かないと殺すって彪流くんが言ったんだろ?行ってなくても行ってるって言うだろ?」
「お前…」
俺が呆れた顔をしていると、伊原の声が響いた。
「ハァイ!!皆んな後ろ!後ろ向いてぇ!!今日、知ってる人、上級生達は知ってる人居るかな!?彪流お兄さんが特別参加してくれまーす!!せーのでよろしくお願いしますしようか!!いくよぉ!せーのォ!!」
「よろしくお願いしまぁす!!」
子ども達の元気な声が夏の山にこだました。
「ほぉ、あの根暗野郎が随分と様になってんじゃん?」
俺は木下にボソッと言って子ども達に負けない声量で挨拶を返した。
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