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「彪流くん、仕事どう?」
キャンプファイヤーも無事に終わり、シャワーを終えた男衆はテントの中でくつろいでいた。
そんな中伊原が急に俺に聞いてきた。
伊原は真面目な男だった。
坊主頭のゲジ眉と見た目のままの人間性だった。
大人しい性格ではあったが、ユーモア溢れる話術で子ども達からは人気があった。
木下と違ってそこそこ頭も良い。
「あぁ、辛いな。はっきり言って辛いわ。伊原は大学行くんか?」
俺はもうすでに煙草が吸いたくてソワソワしている。
かといって適当に返したわけではない。
平成初期から中期とはいえ、常設テント内はさすがに禁煙だ。
「分かんないよ。まだ高二だしさ。でもまぁ多分就職だろうね。」
「俺も就職。」
木下が口を挟んできた。
「お前はまず進級だろ?」
俺は木下に言い終えると、立ち上がった。
「あ、彪流くんどこ行くん?」
木下の気の緩んだ声がテント内に響く。
こいつの声は本当に無駄に通る。
「煙草。お前はお預けだ。高校生だろ?」
「彪流くんだってまだ二十歳じゃねぇじゃんかぁ。」
「うるせぇ。待ってろ。」
「んだよ、冷てぇなぁ。じゃあさ、帰り自販機でジュース買ってきてよ。俺ファンタグレープ。」
「あ、彪流くん、俺も。俺スプライトね。」
「伊原まで…何で俺が奢る前提の話なんだよ。まぁ、いいか。すぐには戻ってこねぇぞ?んじゃ行ってくるわ。」
俺はテントから出て、財布の中身を確認して管理棟まで向かった。
羽虫の群れを手で払い管理棟に到着すると、男性の保護者が数名灰皿の周りで紫煙を巻き上げていた。
前述の通り俺は暗黙の了解である。
「おぉ、お兄ちゃん働いてんの?」
少しとっぽい感じの親父が煙草を咥えた俺に声をかけてきた。
「えぇ…まぁ…。」
俺は煙草に火を点けつつ話しかけんなオーラを少し出すが、ガキがそんなもん出したところで保護者に通じるわけがない。
「どこで働いてんの?」
別の親父が話しかけてきた。
就職したばかりだとお約束のやり取りで、はっきり言って少々面倒だ。
「◯◯工機です。事務とか技術屋じゃなくて現場仕事ですけどね。高卒ですから。」
答えながらももうリアクションは予想できている。
「ほぉ、そりゃいいトコ入ったな。頑張るんだぞ?」
「はい。頑張ります。」
一通りお約束のやり取りを終えて、自販機で木下と伊原のジュースを買おうとしたら中野祐実の姿が遠くに見えた。
「そっか、あいつ子ども達のテントで寝てんのか。眠れねぇだろな、五月蝿くてよ。」
俺は木下、伊原の分のジュースと中野祐実の分も買ってあげた。
「んじゃ、失礼します。おやすみなさい。」
俺は煙草を消して、親父衆に頭を下げた。
缶ジュースを両手で持ち直して常設テント場へ向かって歩き始めた。
そして管理棟から少し歩くと中野祐実が俺の前に立ちはだかった。
「ん、ホラ。ジュース。」
俺は甘い紅茶を中野祐実に渡した。
「ありがとう!嬉しい!それは木下くんと伊原くんの?」
俺の手に包まれて、汗をかいたファンタグレープとスプライトの缶を中野祐実は指差した。
「あぁ、すっかりたかられちまったよ。」
「あたし、持っていこうか?」
「あら助かる。」
俺は缶を二つ中野祐実に渡した。
「もう少し煙草吸いたかったんだ。でもあんまりあいつら待たせんのもな。」
「優しいね、彪流さん。じゃ、渡してくるよ。ね、後で少し話せる?」
中野祐実は目を輝かせて言った。
忘れがちだがこいつはこいつでとびきりの美人だ。
そんな美人と山ん中で二人で話す、断る理由は無い。
ジュース一本なんて安いもんだ。
中野祐実よりも造形も接待も粗悪なホステスに一万円払って酒を作ってもらうくらいならジュース一本で中野祐実と二人で話す方が有意義だ。
まぁ中学校三年生と手練れのホステスを比べること自体どうかと思うし、異常ってもんか。
俺は喫煙所で煙草を吸い終えると中野祐実と営火場で落ち合った。
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