14.初恋(ソフィアside)

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14.初恋(ソフィアside)

 アルバート様との出会いは十一歳の夏。  白馬に跨がったアルバート様は、それは素敵でした。  兄の友人として紹介されたアルバート様は、小説に出てくる騎士様のようで、私の胸は高鳴りました。  甘やかな声で「ソフィア嬢、はじめまして」と微笑むアルバート様。  優しい声に私は頭がくらくらして……  ただただ頷くことしかできませんでした。  アルバート様がお屋敷に来てくださった時は、胸が高鳴りました。  日の光でキラキラと輝く金の髪。  深みのある青い瞳は澄んでいて……目が合うと、途端に顔が熱くなってしまいました。  そして、スッと通った鼻筋に、形の良い唇。  立ち居振舞いも優雅で気品があって……まるで物語の王子様のようでした。  彼以上の男性などこの世に存在しません。  兄のおまけに過ぎない私との交流を嫌な顔一つせず、アルバート様はいつも紳士的に接してくださいました。  それは今も同じ。  文通を通して、交流は続いております。 【ソフィア嬢、お元気ですか?私は元気です。】  アルバート様の手紙には、いつも私を気遣う言葉が溢れています。 【今日は天気が良かったので、馬に乗って遠乗りに出かけました。気持ちの良い一日でしたよ。ソフィア嬢はどんな風に過ごされましたか?】  手紙を読む度に心が踊ります。  まるで恋文を頂いているかのような錯覚さえ覚えてしまうほど。  この文通も終わりにしなければなりません。婚約したのですから。ですが、いざ手紙を書こうとすると……なんと言葉を綴れば良いのか分からなくなってしまうのです。  文通は私の心の拠り所となっていましたから。  そうして婚約したことを伝えられないまま、ずるずると文通は続いていきました。  アルバート様との文通を止められないからといって、婚約者であるアルスラーン様を蔑ろにしている訳ではございません。  いずれは結婚しなければならない相手です。  自分のなすべきことは、きちんと弁えております。  アルスラーン様からの手紙にも、きちんと目を通しております。  ただ……やはり気乗りはいたしません。  私は字が綺麗な方ではないのです。  アルバート様は「可愛らしい字だね」と褒めてくださいますが、会ったばかりの方ならば、そうは思わないでしょう。  少しでも綺麗な字を書けるように、お母様に手解きを受けておりますが、一向に上達する気配はありません。  お兄様からは「拙い字を見られて恥をかくのはソフィアだ。婚約期間中に侮られかねない。それくらいなら代筆させた方がまだマシだ」と言われました。  確かにその通りです。  ちょうど、侍女の中に字が上手い子が数名いましたので、代筆を頼むことにしました。  月に一度行われる我が家での茶会にも、毎回断ることなく参加しました。  誕生日プレゼント、季節折々の品々。  私は、与えられた物を文句一つ言わずに受け取りました。  口答えすることのない従順な態度は、将来の辺境伯夫人に相応しいと自負しております。  淑女という仮面を被り、アルスラーン様の望む婚約者という役柄を必死に演じました。  結婚して妻になれば、今度は『妻の役柄』に徹しなければなりません。  憂鬱な未来に溜め息をつきそうになりますが、私はそれを飲み込みます。  いいえ。我慢しなければなりません。  貴族の娘に生まれたからには、己の心を殺してでも義務を全うしなければなりません。  それが、貴族の娘として生まれてしまった運命なのですから。
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