2.婚約期間 その一

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2.婚約期間 その一

 結婚は三年後と決まった。  この間に互いを知れ、とのことだ。  手始めに、俺はソフィア嬢に手紙を出した。  勿論、直筆だ。  顔合わせの時の反応からして、彼女はこの婚約に乗り気ではない。  それは、俺も同じだが。  だが、これは義務と責務だ。俺は、この婚約が上手くいくように努めなければならない。  手紙の内容は当たり障りのないものにした。天気の話やその日なにをして過ごしたかなど、他愛もないものだ。  最初はこういう“どうでもいいこと”をやり取りし、お互いのことを知るのが大切だ。  内容もだんだん変わってくる。  領地のことや家族のこと、友人や趣味について。  ソフィア嬢からの手紙は、毎回きちんとした形式に則り、綺麗な字で書かれていた。  俺はそれに返事を出す。  ソフィア嬢は読書が趣味のようだ。ロマンス小説を好んで読むらしい。  それ以外は刺繍をして過ごすことが多いようだ。  令嬢らしく?あまり外に出ることは無く、庭と時たま散歩する程度。どうもソフィア嬢は、あまり活動的ではないようだ。 「お前は、彼女のことをどう思う?」  俺は、信頼のおける執事のメルレインに尋ねる。  祖父の代から仕えてくれている、有能な執事だ。  メルレインは一つ溜息を吐くと、淡々と答えた。 「……そうですね。大変大人しい方だと思います。内向的で消極的な性格なのでしょう。恐らく馬に乗れないかと」 「それは別にいいが。狩猟パーティーは共に参加してくれると思うか?」 「それも難しいのではないでしょうか。ソフィア様は、あまり外に出かけないと書かれていますので」 「……確認したほうがいいか?」 「それとなく、お聞きになられたほうがよいかと」 「わかった」  メルレインの予想は当たっていた。  彼女は狩猟そのものを“野蛮な行為”と思っているようだ。  それ以外にも領地の視察も一切しないことが分かった。  理由は、「いずれ兄が治める領地だからです。私が口を出すことではありません」だそうだ。  意味が分からない。  自分の家のことだぞ?  兄が跡を継いで当主になるからなんだ?  もしかして他家に嫁ぐ自分には関係ないと思っているのか?  そんな筈ないだろう。  俺と結婚しても実家との縁はずっと続く。いや、そもそも貴族の結婚は家が重視される。実家と婚家の繋がりを強固にする。彼女は、それを理解していないのだろうか? 「家族仲が良くないのだろうか?」 「いえ、そのような情報は入っておりません。至って普通の貴族です。ソフィア様は末のご令嬢で、上に兄君と姉君がいらっしゃいますが、どちらとも良好な関係です。姉君はすでに嫁いでいますが、互いに手紙のやり取りをなさっている様子です」 「姉君は確か宮廷貴族に嫁いでいたな」 「はい。今は子爵夫人にございます」 「文官を輩出している家だったな」 「はい。若いながらとても優秀な方だと評判です。子爵夫人も王妃様付きの女官として、王宮に出仕されています」  王妃様付きに選ばれるのだからソフィア嬢の姉は優秀なんだろう。  兄もほうも次期伯爵として領地運営を手伝っているそうだ。数年後には代替わりすると手紙には書いてある。  ハルト伯爵領は鉱山経営で成り立っている。  領民の八割以上が鉱山で働き、技術者を補助している。労働者でもあるが、同時に職人でもある。その家族も当然、鉱山で働いており、その子供や孫もいずれは鉱山で働く。  それがハルト伯爵家だ。  ソフィア嬢の兄は父であるハルト伯爵と同じ経営方針のようだ。 「尋ねたら普通に応えてくれるのはありがたいがね」 「はい。ソフィア様は素直な方なのでしょう」 「素直……ね。確かに。自分に仕えている者が情報漏れしていると知ってのことか、それとも把握していないだけなのか……」  俺は溜息を吐いた。  本当に意味がわからない。  家の情報を普通に書いてくる神経に。  そこは貴族令嬢らしく匂わせるとか、ぼかすとかあるだろう。 「ソフィア様は、あまり駆け引きや腹芸はお得意ではないようです」 「そうだな」  メルレインの言葉に俺は頷く。 「しかし、このままでいいとも思えません」 「……そうだな。少なくとも、うちの家の家裁を任せることはできない」 「はい。文通を始めて早三か月。ソフィア様は一向にご自身で手紙を書こうとなさいません」  そうなのだ。  ソフィア嬢の手紙は全部代筆。  恐らく自分付きの侍女にでも書かせているんだろう。  筆圧で女性だと分かるし、文字は綺麗だが若々しい文面。少なくとも同世代か少し上。  さて……どうしたものか。
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