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5.新たな婚約
うららかな春の日。
例の男爵令嬢が殺処分された。新聞には病死とあるが、それを真に受ける貴族はいない。ついでに、生家の男爵家は取り潰されている。
「令息方も病気静養のため空気の良い田舎の病院に預けられているそうです」
「殺処分でないのか?」
「出入りの者から聞いたところ、風光明媚な場所での療養だそうです。専門医が二十四時間態勢でサポートするとか」
どうやら殺処分では飽き足らないらしい。
実の息子相手によくやるものだ。
この場合、実の息子だからか?
「血筋もよく教育も良かったのに何故こうなってしまったのか、と……ある侯爵が嘆いたのが殺処分に至らなかった理由だそうです」
原因を追及して今後に生かしたいということだろうか?
中々難しい話だ。
どれだけ教育が素晴らしくとも、アホが生まれる場合もある。
教育途中で妙な思想に取り付かれることだってある。
今回の一件はそれだけ非常な話だった、ということだ。
王家が大々的に乗り出さなければならないほどに。
俺の新しい婚約も王家主導で決まった。
貴族同士のパワーバランスを鑑みた結果か。王家の思惑か。
どちらにしろ、俺に拒否権はない。
新しい婚約者は、名門中の名門。
ランドルト侯爵令嬢。
今、王国で一番勢いのある、ランドルト侯爵家の娘。
ソフィア嬢との婚約が解消された直後に、王家より打診された。狙っていたとしか思えない。これはアレだな。湿地問題が解消したことに対する布石を打ってきた、といった感じか? そうでなくてはこれほどの大魚を大皿に乗せて手渡してくるとは思えない。
現王妃陛下の妹君か。
王家の意気込みが分るというもの。
「良きご令嬢との縁組。ようございました」
「そうだな。ソフィア嬢とは真逆のタイプだ」
「左様で」
メルレインは苦笑している。
ランドルト侯爵令嬢との初合わせは無事に終了し、半年後には結婚と決まった。
赤い髪と灰色の目。
妖艶な美女といった感じのランドルト侯爵令嬢は、とてもソフィア嬢の一つ上とは思えない。
見た目で判断してはいけない、と思いつつも打てば響くような反応は会話していて楽しい。そうだ、会話とは本来こうあるべきだ。未来の妻との言葉のキャッチボールは思いのほか楽しいものだった。
「時に、アルスラーン様。我が家は、商人としての顔も持っておりますの」
微笑む姿は、優雅な一方で抜け目なさを感じる。
こういう点に置いてもソフィア嬢と真逆だ。
この美しく聡明な侯爵令嬢のなにが気に入らなかったのだろう。
彼女の前婚約者は例の男爵令嬢に篭絡された男の一人だ。
きっと女の趣味が悪かったのだな。
他の男はどうか知らないが、俺には好ましい女性だ。
彼女となら良い夫婦関係が築けるだろう。
確信に近い予感があった。
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