01 高三の夏

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01 高三の夏

 冷房の効いた電車。小刻みな振動が眠気を誘う。  隣には、ぴったりくっ付いて雪ちゃんが座る。ぷにぷにした体がクッションみたいで心地よい。  でも、その心地よさは口にすべきではないだろう。ボクはポチャ系が好きだが、彼女にとってはコンプレックスなのだ。  ボク──麻緒(あさお) 光治(こうじ)と、雪ちゃん──天藤(あまとう) 雪子(ゆきこ)は、去年の冬から交友が始まった。恋人というには、まだ浅い。  夏休み初日の今日、渡欧する彼女を空港まで送っている。伯母さんが暮らすフィンランドに3週間ほど滞在するのだ。高3の夏にもかかわらず、志望校を射程圏に収めている彼女は余裕たっぷりだ。  電車はそこそこ混んでいた。はす向かいに大学生らしいカップルが座っている。キャリーケースが二つ前に置かれているから、同じく空港から旅立つのだろう。腕を絡めて楽しそうに話している。  人の好さそうな二人だ。ただ、男性の方は頭髪が無かった。毛穴の青々しさがないから剃っているのでもない。  体質とか、病気をしたのかもしれない。  ふと気づくと、雪ちゃんはそのカップルを気にしていた。  彼女を挟んで座る、ケバい女子三人組のヒソヒソ声が聞こえている。 「よくまあ、あんなんと一緒に居るワ」 「アタシなら恥ずかしくて隣に座れんし」 「最低でも、有るべきモンがないとなぁ」 「有ってもダメっしょ」  躰をつつき合ってケラケラ(わら)っている。髪を三者三様に染め、耳や鼻にピアスがぶら下がる。目元や頬はラメでキンキラだ。  電車の振動音で当のカップルに届かないだろうが、聞いていて不快だ。  男性の大味な顔のつくりはイケメンに遠い。女性も個性に乏しい人だ。でも、二人はとても幸せそうだ。その幸せぶりが、三人組の気に入らないのか。  女性がキャンディをつまんで男性の口元へ運ぶ。あーんで受けた。 「けっ」 「さむっ」  口々に言う。  はっ、とした。いつの間にか雪ちゃんが鬼の形相で彼女らを睨んでいる。  三人組が気づいた。 「なんだよぉ」一人が睨み返した。 「え、ちょっと──」ボクはあわてる。  電車は途中駅に滑り込み、扉が開いた。 「顔かせ。降りろ」 「ほっとけよ、マミ。行くぞ」 「ふんっ、デブが」  捨てゼリフを残し、連れのボクをあざ笑い、ラメ組は下車していった。
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