3人が本棚に入れています
本棚に追加
「謙心に好きな人ができたぁ!?」
それは、セミの鳴き声が聞こえ始めた、高校二年生の夏。
甲高い声が放課後の教室に響いた。
その上擦った落ち着きのない声は、恥ずかしながら俺の声だ。
教室の一番後ろの席で、中学からの親友である謙心と話している。
「馬鹿かよアオト! 声がデカい!」
「あ、ああ……わりぃ」
掃除が終わった二年三組の教室には、俺と謙心しかいない。
謙心は一旦廊下に出て、誰か聞いているやつがいないか辺りを確認した。
誰もいないとわかった謙心は、ホッと息を吐きながらドアを閉める。
「アオト、静かに聞いてくれよ」
「ああ、気をつけるよ。まさか謙心に好きな人ができたなんて、思いもよらなかったから……」
謙心と仲良くなったきっかけは、中学のサッカー部。
その頃からサッカー一筋だった謙心は、恋愛に関しては超奥手で、恋愛話をするのさえも拒絶するくらいだった。
ずっとサッカーにしか興味がないって言っていた謙心にも、ついに好きな人ができたなんて……。
「で、で! そいつ、誰!?」
「アオト、近いよ」
「いいから、相手は誰なんだ?」
謙心は俺から離れるように、一番前の席まで移動した。
おもむろに学ランを脱ぎ始める。
これから部活が待っている謙心は、練習着に愛用しているイングランド代表のトレーニングウェアに着替え始めた。
「七組の千堂 穂乃花って人。アオトは知らないだろ?」
「千堂 穂乃花……名前は聞いたことあるけど、顔は全く思い出せないな」
「この学校……ってか、この学年人数多いもんな」
「さすがに七組までは知らないな。教室も反対側だし」
いつもは謙心が俺のクラスである三組に遊びに来る。
謙心は六組だから、きっと合同授業の時に仲良くなったんだろう。
俺は七組まで行ったことはない。
名前しか聞いたことないその穂乃花ってやつが……謙心の心を掴んだのか……。
「それで謙心、いつ告白するんだよ?」
「告白? 俺ができるわけないだろ」
「やっぱりか……謙心ってサッカーの時はイケイケなのに、恋愛になると超奥手だよな」
謙心は坊主頭のテッペンを人差し指で掻きながら、「だって、恥ずかしいだろ」と呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!