第二章

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第二章

 メロジットメロウは上から3番目の役職に着く割と偉い立場にいるがこうして支部に顔をだすからか、部下からの信頼も厚い。 「で?話はなんだ。はやく話せ」 「え」 「君が私のところに来るのは大抵が助けを乞う時だと決まっている」  思い返せばそうかもしれないがどう切り出すべきかと考えあぐねているとメロジットに声をかけた部下のひとりが遠慮がちに視線を向けられる。 「構わない、話せ」 「……また例の被害者がでました」  一瞬、眉根を顰めてから部下に指示を出していたものの立ち去ることもなく口籠る部下にメロジットが問いかける。 「今回の被害者が、その……」ハロウリィ元帥である可能性が。と続いた。  メロジットとハロウリィ元帥の不仲は有名だった。なんでも昔殴り合いの大喧嘩をしたとか。まことしやかに受け継がれてきた噂は尾鰭背鰭が生えて泳ぎ出す。当人同士が話すところを見かけないことから事実なのだろうと誰もそのことに触れることはなかった。  頭の隅に浮かべた話をコーヒーの香りで掻き消すとメロジットはそろそろ帰る頃合いかと飲み干したカップを戻し立ち上がろうとしたところで「話は聞いていたな」声が向けられる。すでにメロジットからはそれ以外の答えを受け付けないとばかりに上着に揃いの帽子を被り来ないのかとこちらを待っている様子だ。 「なんで俺が」 「力を貸すんだ、こっちも手伝え」  軽く微笑んだ顔にため息を吐いて外套に袖を通した。 「すまない。通らせてくれ」  連日の事件からそう間を置いていないのか中心街から外れた路地裏に人だかりができていた。  メロジットを先頭にざわつく言葉の波間を縫って進んでいると近づいてきた男にトルシュカはぎょっとした。  血色の悪い唇ににやつかせた顔は薄黒く痩せた顔からは頬が強調されて浮かび上がり前髪の間から覗く瞳はぎょろついて黄色がかって不健康そうに見えた。 「おや、メロジット長官じゃないですか。長官直々に現場に出るだなんて余程のことがあったんですかい?」  規制線を同じように潜ってきた男は紐を通したカメラを首から下げていた。 「なぁ、メロジット長官。俺たちの仲じゃないですかい」  話を聞き出そうとしていたがメロジットが答えることはない。 「さあ知らんな。おい、こいつを摘み出せ」  メロジットがそう言うと近くの若い隊員が男を引き剥がしていく。 「なにをする、カメラに触るな、返せ」  カメラの男は引き摺られるように線の外に出されて行った。 「失礼するよ」  調査隊をするりと抜けて現れたメロジットに周りの人間が一斉に敬礼をすることで彼がそれなりの人間であることを思い知る。 「いい、続けろ」  本人はそれを嫌がるが。  手を合わせて遺体にかけられた布をめくる。 「死亡したのは高齢の男性。頭部が消し飛び判別不能ですが、手につけられた証文からおそらくハロウリィ元帥かと」  黒焦げた頭部からは煙臭さが鼻を掠め喉を刺していく。  一通り遺体を確認したメロジットは「そうか、わかった。引き続き調査を頼む」端的に答え踵を返した。  やけにあっさりと答えたメロジットにトルシュカは違和感を感じていた。 「おやぁ、メロジット長官じゃないですかい。なにか情報は得たんですか。なんでも頭が消し飛んでいるとか」  規制線の最前列でカメラを構えた男はいやにべたつく声を放つ。 「一連の事件に関して話したいことがあってな」  意外そうに瞬いてから男は口角を引き上げる。 「君、スクープを望んでいただろう?ここではなんだから向こうで話さないか」  人だかりを離れ路地をいくつか折れた先で男が問いかける。 「それで、なんですかスクー」  しかしながら首を掴まれ壁に押さえつけられる男の言葉は掻き消えていた。 「いいか。私は気が長い方ではない。知ってることがあれば吐け」  地響きを伴う声が男を縛り上げ彼の怒りに沿うように壁に亀裂が入り男を避けるようにあたりが凍っていく。 「……くっ、かはっ、た、たすけ……」  隙間風のようなか細い呼吸音が首元から聞こえ慌てて止めに入る。 「……やめろメロジット!」  メロジットの掌と男の首との間に手を差し込み呼吸ができるだけの空間をつくる。 「……お、俺が、知るか。その時間俺は彼女といた。バーで一晩中酒を飲んでた」 「それを証明できるのか?」 「そ、それは……あ、そうだカメラ、カメラを確認しろ!」  カメラを拾い上げ液晶画面を操作し確認すると確かにバーのような場所が分刻みで撮影されておりざっと見たところ男も写っていた。 「メロジット、放せ、そいつは違う」  地面に落とされた男は身体を折り曲げてひどく咳き込んでいた。 「だから言っただろう。お、俺はリレッタといたとっ」  恨みがましげな視線が地べたに寄せた顔から向けられる端でなにかがぐしゃりと潰れた音がしていた。  メロジットに踏み潰されたなにかが酷く歪んで丸く平たい透明なものが円を描いて地面に落ちた。 「ああああああぁ、俺のカメラがああああああぁ……俺の商売道具になにし」 「次紛らわしい真似をしたらお前がこうなる。わかったらさっさと消えろ」  温度の感じられない冷たい声は酷くおそろしく耳に張り付いた。  派手に窪み散乱した硝子はガラクタとなっていたが男は拾い上げると悪態を吐いて立ち去っていた。 「なにやってるんですか。あなたが動いてもし訴えられでもしたら……」  投げがけた言葉をトルシュカは飲み込んだ。  毒々しく歪んだ背中からは殺気が取り巻いて威圧感から名前を絞り出すのがやっとだった。 「……メロジット?」  声に反応して邪気が落ちたように横顔が 「派手に壊してしまったな。これは請求額がいくらになるやら。ははは、怒られてしまうな。トルシュカ。すまないが、少し待っていてくれるか? 中の住人に謝罪してくるよ」 「あ、いや」 「なぁに、君が気にすることではない」  どうやら心中穏やかではないようだった。  これは、噂通りではないのかもしれないな。  トルシュカはメロジットの握られた拳から流れ落ちた赤い雫に喉を鳴らした。
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