135人が本棚に入れています
本棚に追加
別荘は里都が想像していたより遥かに立派だった。
家主は古い物件を買い取り軽くリノベーションしただけだと言っていたが、吹き抜けのリビングは裕に30畳ほどはありそうだし、キッチンも最新式、置いてある家具は見るからに高級そうだ。
もちろん景色も素晴らしいものだった。
リビングから続く広々としたウッドデッキの向こう側には、想像通りの夏の青空と大海原が広がっている。
話に聞いていた通り海水浴シーズンにもかかわらず閑散としていて、海で泳ぐ人の姿どころか浜辺にも人の姿がない。
別荘に来る途中で何軒か家を見かけたが、きっと地元の人間ほど近場の海になど興味はないのだろう。
こんな贅を尽くした場所が本宅ではない事が里都にとっては信じられないが、そんな暮らしができるほど家主が実力者である事に間違いない。
飛鳥彦の取り引き先の相手やその客人たちを相手に、里都は極めて慎重に且つ淑やかに振る舞った。
里都の粗相のせいで飛鳥彦の立場を悪くしたりなんかしたら大変だからだ。
参加者は皆異性と結婚していたが、幸いな事に同性婚には賛成派で、飛鳥彦の妻である男の里都の存在を快く受け入れてくれた。
パーティーは終始和やかな雰囲気で、はじめの頃は緊張していた里都も次第に肩の力が抜けてきた。
「やあ、楽しんでるかね」
シャンパンを片手にウッドデッキで海を眺めていると別荘の家主であり、飛鳥彦の取り引き先の相手である男が声をかけてきた。
「はい、とても楽しませてもらっています」
里都の言葉に、男は笑顔でうんうんと頷く。
顔に刻まれた皺の数や深さからして飛鳥彦と同じ歳か少し上くらいだろうか。
「でもこんな素敵なパーティー、準備が大変だったんじゃないですか?お客様も多いし」
客人は里都たち含めると20人は超えている。
招く客が増えればそれだけ準備が大変な事は社会人を経験した里都にもわかることだ。
「いや実は親戚に一人体力のある男がいてね。その子に頼んで手伝ってもらったんだよ。まぁ、もうすっかり成人してるから子どもじゃないんだけど、要領がいいし気がきくしすぐに動いてくれるからね、何かと頼りにさせてもらってるんだ。あ〜里都くんと歳が近いかもしれないねぇ。仕事はなんだったかなぁ…確かスイミングスクールのコーチだって言ってたかな」
男の言葉に里都は思わず息を呑んだ。
スイミングスクールのコーチ…
その二つの単語だけで里都の心臓はたちまち速くなり、脈拍が乱れてしまうような気がする。
いやしかし、スイミングスクールのコーチなんて世の中にはたくさんいる。
この人の親戚の男が、あのスイミングスクールのコーチとは限らない。
「そう、なんですね」
里都は努めて冷静に答えた。
「後片付けを頼んであるから今日はそれまで海で時間を潰すとか言ってたなぁ。まさか海で水泳の特訓なんかするつもりじゃないだろうなってさっき揶揄ってやったところなんだ」
あはは、と愉快そうに笑う男に作り笑顔を向ける里都。
しかし、その裡は大パニックだった。
もしかしたらここに永瀬が来ているかもしれない…
最初のコメントを投稿しよう!