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浜辺には更衣室がないため、家主が庭の隅に別で建てたというプレハブ小屋で水着に着替えると浜辺へと向かった。
海の方へと続く坂道を少し降っただけで潮風が鼻を擽り、里都の気持ちを更に高めていく。
舗装されていない道を駆けおりると、目の前に浜辺と海の景色が広がった。
独特の潮のにおいと寄せては返す波の音が、日差しを浴びた里都を爽快な気持ちにさせる。
やはりプールとは全然違う。
この開放感は大自然の中でしか味わえないものだ。
しばらくぼーっとしていた里都だったが、浜辺の向こう側にぽつんとパラソルが立っている事に気づいた。
爽やかさを感じていた胸が一気にドキドキとして落ち着かなくなる。
もしかしてあの傘の影に永瀬がいるんだろうか。
もしも里都が声をかけに行ったら、彼はどういう反応をするだろうか。
望月さんと一緒にゆっくり過ごせたらなって…
泣く泣く断った永瀬からのメッセージが脳裏を過ぎる。
里都はサラサラとした砂に足を踏み入れると、パラソルを目指して歩き出す。
しかし、突然誰かに腕を引っ張られその歩みを止められた。
驚いて振り向くと、そこには里都が恋焦がれていた相手が立っていた。
高い鼻梁と整った面立ちは文句なしのハンサム。
いつもはラッシュガードで隠したりもしているが、今日はアスリートのような逆三角形の肉体を惜しげもなくさらしたラフな海パン姿だ。
健康的な肌は夏の太陽の下で更に焼けたらしく、やや深みのある褐色肌になっている。
「永瀬…コーチ」
うっとりとしながら里都が呟くと、永瀬は真っ白い歯を見せてニコッと笑った。
「やっぱり望月さんだった。飲み物買いに自販機行った帰りなんですけど、別荘から走っていく人が見えたんでもしかしてって思ったんです」
つまり後ろ姿だけで里都だとわかって追いかけてきてくれたということなのだろうか?
聞きたかったが、なんだか自惚れているような気がして別の話題にする。
「実はさっき知ったんです。あの別荘の持ち主の方とコーチが御親戚だなんて…こんな偶然あるんですね」
「実は僕もここに来てから知りました。招待客の名前一覧見て驚いたんですよ。すごい偶然ですよね〜」
そう言った永瀬が、何かに気づいたようにあっ、と声をあげる。
「この前、お誘いしたのすごくタイミングが悪かったですね。ごめんなさい」
バツの悪そうな顔で謝る永瀬に、里都は全力で首を横に振った。
「そんな!!むしろせっかく誘っていただいたのに断ってしまって…謝らなきゃいけないのはこちらです」
絶対に迷惑なんかではないと強くアピールする里都を前に、永瀬がフッと笑みをこぼす。
アダルトな飛鳥彦とはまた違う種のその笑みに、里都の心臓は跳ね上がった。
「暑いから移動しましょうか。望月さんあまり紫外線に強くなさそうだし。それにほら、ここ別荘から少し見えるんですよ。あそこのパラソルの中ならゆっくり話せますよ、ね?」
永瀬の視線がさっき見つけたパラソルが向かう。
浜辺に斜めに立てかけられたパラソルはかなり大きくて、日差しはもちろん別荘からの視線も遮断している。
あの中に入ったら二人きり…
いやもしかしたら飛鳥彦や別荘にいる客人や地元の誰かが来るかもしれないから、完全に二人きりというわけではない。
危ない橋を渡ろうとしている。
それはそれはとても危険でいつ崩れてもおかしくない橋を…
しかし、ね?と念押ししてきた永瀬の妖しげな眼差しを前に里都は為す術もない。
「…はい」
里都の言葉に永瀬はまた笑みを浮かべると、里都が持っていた荷物を代わりに持って歩き出した。
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