フライング

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フライング

「…そう言えば、秋にやる駅伝地区予選の出場選手はもう決まったんだよな」 「うん。満場一致でおまえと飯垣、それから…」  サイコ・ゼラニウム、通称サイゼと呼ばれるファミレスの名物メニューである生パスタをフォークに絡ませながら、作戦会議は進んでいく。シンは体重を管理するため、哉明の考案したトレーニングだけでなく食事にも気を配っていた。バランスのいい食事はもちろんのこと、脂質を抑えタンパク質を効率よく吸収するために何が最善か、哉明も日々研究に余念がない。 「それにしてもシンは次から次へと記録更新していくな!俺も嬉しいよ、おまえの担当になれて」 「へへ、何言ってんだ!カナにはずっと感謝してるよ」  にこやかに談笑していると、二人の座るテーブルに向けて突然何かが飛んでくる。哉明がそれをすかさず手で受け取り、投げられてきた方向を睨みつけた。 「おぉ怖い。そんな怖い顔してたら幸せムードが台無しだろぉ?」 「こんな場所でイチャイチャしやがって、甘ったるいな」 「いけね、ゴミ捨てる手が滑っちまった!」  ふたりが座るテーブルの通路を挟んだ向かい側に、ゲラゲラと下品に笑う三人組が座っていた。どうやらシンたちのテーブル近くにある屑籠にゴミを入れようとしたらしいが、わざと軌道を逸らしたようだ。彼らの制服に見覚えはなく、知らない学校の生徒だった。ひとりは両耳にピアスをつけ、もう一人は髪を茶色く染め、もう一人は制服をだらしなく着崩している。困惑しているシンとは裏腹に、哉明は無視してメニュー表を見ていた。 「シン、デザート何がいい?」 「えっ?良いのか?」 「ああ。チョコパフェうまそう」 「いいなぁ、オレはプリン食べたい」 「ならどっちも頼んで半分こしようぜ。そうすりゃカロリーも半分だろ?」  三人が座る方を見ず、手にしていたゴミは紙ナプキンに包んで備え付けの屑籠に入れる。相手にされていないと分かり、三人組は何か悪態をついているがそれも無視し続けた。やがて哉明が店員を呼ぶボタンを押し、追加でチョコレートパフェとプリン、取り分け皿を注文した。 「あの席俺の知り合いなんで、食後にロシアンシュー6個入りの提供をお願いします。中身はこれとこっちを3個ずつ。『元チームメイトからサービスです』って伝えてください」 「かしこまりました」  メニュー表に書いてあるロシアンシューは中身を好きなものに好きな数だけ変えられる代物だ。中身の候補は①タバスコ激甘生クリーム、②わさびチョコソース、③明太子マヨと多種多様だが、美味しいとも噂されている。その中から①と②を平然と指差した。  シンは哉明の様子に驚きつつ、何も言わずに向かいの席を横目で見やる。当の3人は何も知らないままメニューを注文していた。元チームメイト、の言葉にあれこれ聞きたい気持ちを堪え、今は何も聞かない。間もなくして一足先に二人のデザートが到着し、ボリュームのあるチョコパフェと柔らかく弾力のあるプリンがテーブルに並ぶ。 「うまそー…そういや、…カナって女の子にモテモテだよな」  シンが取り皿にプリンを切り分けながら、ぽつりとそんなことを呟いた。 「それはねぇな。…お前の方がモテるだろ」 「クラスの女子が言ってたんだよ。『なんでかっこいのにカナメくん彼女いないの?』って。彼女候補に立候補しようかなとか何とか」 「ははっ!なんだそれ…ん、んまい」  哉明がチョコパフェにデザートスプーンを突き刺し、チョコソースの掛かった生クリームを頬張る。プリンを堪能していたシンもパフェの反対側をつつき、しきりに頷いた。 「生クリームは至福の味だ」 「わかる」 「あ。ブラウニー食べていいよ。オレはウエハース貰うから」 「ん」  シンがパフェに刺さっているウエハースを手に取り、少し齧っていると哉明の顔が接近した。何かと視線を向ければ、ウエハースの反対側を齧られ真ん中まで食べられてしまう。 「っ!」  慌てて顔を引っ込めるシンの様子に笑いつつ、哉明は上機嫌でプリンをひと口掬う。 「はんぶんこって言ったろ?」 「っ…!カナ!キメ顔で言うなよ…!」  顔を真っ赤にしてひたすらパフェを口に運ぶシンを眺めつつ、こんな日がずっと続けばいいのにと心から願った。  ふたりが会計を済ませて退店する間際、件の三人組の元へロシアンシューを届けるウェイターとすれ違う。三人組は何か喚きながらも嬉しそうにシュークリームを口に放り込んでいた。一拍おいて罵りながら悶えている様子に一度だけ振り返り、「甘いのは嫌いなんだろ?」と哉明がにこやかに言ってそのまま店を後にした。帰路の道すがら、シンが哉明の隣を歩きながら少し気まずそうに話し掛ける。 「カナ、あいつら知り合い…?」 「あぁ、中学の時にちょっとな。気にすんなよ」 「うん…オレは大丈夫だけどさ」  言葉とは裏腹に、シンの顔色は晴れているとは言えなかった。もしやあの三人に言われたことが引っかかるのだろうかと、哉明は少し心配そうに前を歩くシンの背中を見つめる。 「シン」 「…ん?」 「おまえは俺が護るから」 「なっ、なんだよ突然…!」  振り返り、哉明に詰め寄ろうとしたシンが見たのはとても悲しそうな表情を浮かべている彼だった。 「俺のバトンを繋ぐことができるのは、シンだけなんだ」 「…どういう意味だよ…まさか、おまえ」  シンは妙に嫌な予感がしてしまい、彼がマネージャーになった本当の理由を察してしまう。もしや、先程の三人組が関与していたのではないかと。
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