On Your Mark

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On Your Mark

「…さっきサイゼにいたの、中学の同級生で…俺もあいつらも陸上部だったんだ」 「やっぱり。…なんとなく、そう思ったよ」 「ははっ!シンには隠し事できないなぁ」  隣を歩いていた筈なのに、いつの間にか追い越してしまっていたシンは歩調を緩めて振り返る。高校で出逢った相棒の過去に、何があったのかは分からない。しかしあの三人が因縁の相手であることは確かなようで、続く言葉を静かに待つことにした。 「…俺の通ってた中学の陸上部は、元々部員数が少なくて比較的のんびりとした部活だった。一年生の時のコーチは、優しすぎるくらいの人で。大会も目指してはいたけど、みんなで楽しもう、ってのが第一の目標…その時は走るのがひたすら楽しかった。大会に出て結果が出なくても、次にまたやってやろうって気になれた。そのコーチが産休でいなくなるまでは、な」 「……」 「俺とあいつら三人は、リレーのチームを組んでてさ。ピアス着けていたのはスタートダッシュが得意な奴で、髪を染めてたのはバトンパスを失敗したことがなくて、もう一人は体力オバケのアンカー。俺はそんなあいつらをまとめてる、リーダーだった」 「話を聞くだけだと、理想的なチームに思えるな」 「まぁ、確かに俺達は最強だぜって言ってた時もある。でも、楽しかった時間はそう長く続かなかった。二年のときにコーチが変わって、そいつが滅茶苦茶やる奴でさ。今時竹刀振り回す鬼コーチなんて、時代遅れもいいとこだ。大学の駅伝チームを育てたって人で、大学生と中学生じゃ体力も体格もできる練習量も全然違うのに同じものを求めた」 「それ、かなり問題なんじゃね?」 「実際、ぼろぼろになる子供を見たくないって退部させる保護者もいたし、ハードすぎる練習で故障したり、心身共に負担を掛け過ぎてうつ病で休学したやつもいたくらいだ。まぁ、故障した奴は元々膝に爆弾抱えてたから、潮時だったんだろう。うつ病になった奴は陸上やめてから、少しずつ復調していって徐々に復学できた。でも二人とも、もうグラウンドを見たくないって退部していった。そのコーチは校長の知り合いってことで就任したんだが、調べてみりゃそいつが過去に所属してたチームでも色々問題あったみたいで…まぁ、言ってしまえば大学でお払い箱になってうちに来たって経緯でよ」 「うぇ…」 「普通はそんな奴に従う理由なんてないと思うだろ。でも俺たちはまだ子供だった。最初の頃は俺達四人で見返してやろうぜ、って気合入れてたんだ。それでも…チームの一人が練習中の事故で倒れて、病院に緊急搬送された…それきり、もう走れない身体になっちまった」  それまでの経緯を静かに聞いていたシンは、途端に嫌な予感がした。走れなくなったリレーチームのメンバーはもしや、哉明なのではと。 「当然、人数が減れば地区大会は出れなくなるし学校側も黙っていない。横暴すぎたコーチは結局、解雇になったんだけど…部員の減った陸上部まで廃部に追い込まれた」 「はっ…?」 「元々部員が少なかったのに、余計人数が減れば…そうもなるよな。最後に残ったのが俺達四人で、欠員が一人でも出た段階で廃部になるのは分かってたんだ。部活動として認可されるためには、部員が三人以上いる必要があったから」 「なぁ、もしかして…」 「ああ…ここまで話せば、大体のことは察しが付くだろ?母校の陸上部を廃部に追い込んだ俺は、逃げるようにあいつらを避けるようになった。後ろめたさもあるけど、どんどん荒れてくあいつらを見たくなかったのが正直なとこだ」 「そんな…」 「必死で勉強して、あいつらとは違う高校に進学した。陸上部のマネージャーになったのは、俺の二の舞になる選手を見たくないから。あとはやっぱり…おまえと知り合ったからかなぁ。あれだけ追い込まれて俺は走れなくなったのに…また夢を追い掛けたいって思ったんだ」  力なく笑う哉明に、シンは何も言えなかった。思い返せば初めて会った時から、哉明の素足を見たことがない。どれだけ暑くても靴下と長ズボンを穿き、体育の授業でもハーフパンツ姿や水着でプールに入る姿を見たことがなかった。  夕暮れの空色に染められた哉明は、シンが今まで見たことがないくらい弱々しく見えた。視界に映る彼が滲んできたところで、シンは哉明に駆け寄りその身体を強く抱きしめる。 「…カナのバトンは、オレが受け取った!オレたち、二人でチームだろ?」 「っ…!」 「何が何でも、インターハイ予選通過できるように…明日からまた、練習がんばろうぜ」 「うん…!」  互いの顔は見えずとも、その気持ちは痛いほど身に沁みて分かる。シンはようやく、相棒と同じスタートラインに立てたような気がした。結果が全てと言ってしまえばそれで最後だが、悔いの残らないように日々の練習を励もうと決意を固めるのだった。    
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