八方塞がり

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 エントランスのインターホンを鳴らすと無言で扉が開く。エレベーターに乗って5階に行くと、瑠衣君が笑顔で迎えてくれた。 「瑠衣君も今来たの?」 「違うよ。鳴ったから出てきた。少しでも早く会いたくて」  グラブジャムンのような甘い声ではにかむ瑠衣君に戸惑う。朝からキラキラと眩しい。  行こうか、と腰に腕が回り目をパチクリさせた。パーソナルスペース狭いのかな? この距離は少し落ち着かない。  部屋に入るとテーブルの上に1番苦手な英語の教科書とノートを広げた。瑠衣君は俺の左に座った。  瑠衣君の説明は分かりやすい。少し、いや、かなり近いからそれで気は散ってしまうが。同じ教科書とノートを見るのだから、近いのは仕方がない。でも、俺の後ろに右手をついているから、体を寄せられているような体勢だ。  兄貴は悩んでいる俺にチャチャを入れてくる。本当に邪魔しかしていない。  そんな感じだから、勉強ははかどったのかよく分からない。 「ちょっと休憩してもいい? 疲れた」 「そうだね。頑張ったもんね」  えらいえらい、と頭を撫でられて恥ずかしい。照れているのを見られたくなくて、兄貴の方に向き直る。 「ねぇ、画像消してよ」  何のことか分かっていなさそうに、兄貴は首を傾ける。瑠衣君はいつまで俺の頭撫でてんだろう。 「ここに来たら消すって約束だったろ!」 「ああ、すっかり忘れてた」  兄貴はポンと手を叩いてスマホを俺が見えるようにテーブルに置く。恥ずかしい画像が映し出されて目を覆いたくなった。消去のボタンが押され、画像は完全になくなった。 「で? 結局何が目的だったの?」 「だから先週も言ったろ? 可愛い弟に来て欲しいって」 「本当に? 本当にそれだけ?」 「もちろん!」  親指を立てる兄貴。瑠衣君はまだ撫で続けている。これ、いつまで続くの? 勉強再開まで? 「今度は何教えてもらおうかなー」  落ち着かなくてカバンを漁る俺に兄貴が口を開く。 「保健体育は?」 「中間だからないよ」 「俺、実技経験がないからそれは教えられないよ」  瑠衣君が顔を赤くして首を振るが、保健体育の実技経験って何だ? 「よし、次は数学にしようかな」 「うん、そろそろ再開しようか」  頭から手が離れてホッと息を吐くが、やっぱり近いんだよな。教え方は上手いんだけど。  兄貴はちょっかいかけるのに飽きたのか、ベッドで漫画を読み出した。  瑠衣君の説明する優しい声と俺が走らせるシャーペンの音だけしか聞こえない。  すごく集中して勉強が出来た。  沈みかける夕陽を浴びて、部屋が茜色に染まる。 「瑠衣君、ありがとう。俺そろそろ帰るね」 「泊まらないの?」 「うん、帰る。またね」  兄貴はいつの間にか寝ていた。起こさずに部屋をそっと出ようとすると、瑠衣君に呼び止められた。 「爽君、いつ空いてる? 甘い物食べに行く日いつがいい?」  お礼として一緒に食べに行くって約束していた事を思い出す。 「休日は混んでるだろうし、平日のがいいよね? テストが金曜日に終わるから、その日は? 午前中で終わるから、昼から空いてる」 「うん、大丈夫だよ。連絡先教えて。時間とか待ち合わせ場所とかメッセージ送るから」  QRコードを出し、連絡先を交換して手を振る。 「またね、楽しみにしてる」 「俺も。爽君、勉強がんばってね」  夜に、おやすみ、と可愛いくまのスタンプが送られてきた。俺も、おやすみ、と人気ゲームのキャラクタースタンプを送った。
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