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「ありがとう、純蘭。とても嬉しいよ」
いつの間にか小春は純蘭から少し離れた場所に立っていた。良誠と純蘭が抱き合う姿を、小春は涙を拭いながら見つめている。その横には静秋が立っており、小春に手巾を手渡してやっているようだ。
「あっ、小春はどうなさるのですか?」
「純蘭を守ってきてくれた小春に褒美をやりたくてね。だから純蘭と共に皇居へ呼び寄せた。その後は彼女が嫌でなければ、純蘭に仕える女官になってほしいと思ってる」
「小春が一緒にいてくれたら、私も心強いです」
「あと君の双子の弟たちも呼び寄せてもいいと思ってるよ。都で勉学させてやりたいのだろう?」
良誠は純蘭の秘かな願いを気づいていた。
「ありがとうございます、良誠様……いえ、へい」
純蘭が『陛下』と言おうとしたところで、何者かが良誠の足元へ飛びこんできた。
「誰だ! 陛下の御前である。無礼だぞ!」
静秋が剣を構え、良誠の元へ駆け寄ってくる前に、何者かは良誠の足にしがみついた。
「陛下ぁ、ようやくお会いできましたわ!」
豊満な胸をこれみよがしに見せつけながら、皇帝である良誠の足にしがみついているのは、かつて葉延の一番の寵妃であった怜妃だ。
「わたくし、葉延にずっと虐げられていましたの。いつも鞭でぶたれて、とても辛かったですわ……」
しくしくと泣いて見せる怜妃だが、葉延が振り回す鞭を喜んで受け入れていたのは怜妃だった。葉延に鞭でぶたれる度に、気持ち良さそうに甘えた声を発し、その後は葉延と熱い時間を過ごす。葉延の歪んだ性癖を受け止められるのが怜妃だけだったため、怜妃は葉延に寵愛されていたのだ。
「鞭でぶたれ続ける地獄から、わたくしを救い出してくださったのが陛下ですわ。恩人の陛下に、わたくしのすべてを捧げます。どうかわたくしを妃にしてくださいませぇ」
上目遣いで良誠を見つめる怜妃は、自慢の胸元をぐいぐいと良誠の足に押し付ける。葉延ならば、これですぐに落ちた手管であるため、弟にも有効だと考えたようだ。
ところが良誠は不愉快そうに足を振り払い、怜妃はころんと地べたに転がる。
「陛下……? なぜわたくしを振り払うのですか?」
「先代の皇帝の妃たちは親族の元へ帰るように命じたはずですが、なぜあなたはここにいるのですか?」
「わたくしの両親はすでに他界しております。帰るところがございませんの。ならば新しい皇帝陛下にお仕えしたいと思いました……」
実家が没落しているため、後宮に残って妃であり続けたほうが贅沢できると怜妃は考えたようだ。
良誠はわずかに眉をひそめたが、怜妃に向けて優しく微笑みかけた。
「怜妃様、ぜひあなたに大切なお役目を与えたい」
「なんなりとお申しつけください、陛下!」
怜妃に同情した良誠が妃にしてくれると思ったのか、怜妃は喜んで、その場にひれ伏す。
「先代皇帝の一番の寵妃であったあなたに、出家して葉延の魂を弔ってほしい」
「え……? 出家……?」
事態を理解できない怜妃は、口をぽかんと開けて呆けている。
「今すぐに出発してほしい。弔いは早いほうがいいですから」
皇帝良誠の命を聞いた兵士二人が、怜妃の肩を両側から抱え、容赦なく連れて行く。
「そ、そんなわたくしが出家などあんまりです! 陛下ぁ!」
連れて行かれる怜妃を気にする様子もなく、怜妃がぶらさがっていた足の埃をぱんぱんと払い落す。
良誠にとって怜妃は先代皇帝であった葉延の妃でしかなく、まるで興味がない。しかも良誠が皇后にと望んだ純蘭に、怜妃は何の挨拶もしなかった。怜妃が純蘭を見下していることを、敏感に察知したため、早々に怜妃に出家を命じたのだった。
「良誠様、いえ、陛下。本当によろしいのですか? 怜妃様のように、陛下の妃になることを望まれる女人は多いと思います。それでも私だけを妻になさるおっしゃるのですか?」
国を統べる皇帝が、妻を皇后ひとりだけとすることがどれだけ困難か、かつて後宮にいた純蘭は知っている。純蘭だけがほしいと望んでくれることは嬉しいが、良誠に余計な苦労を背負わせたくなかった。
「純蘭を皇后に迎え、ただひとりの妻として愛する。それが困難なことであることは理解しているつもりだ。純蘭にも苦労させるかもしれない。だが難しい道程だとわかっているからこそ、乗り越えることに価値がある。我が仁国が新しい国として再出発するために、必要なことだと俺は思っている。純蘭、改めて君に伝えたい。仁国の皇帝となった俺の妻となり、皇后としてそばにいてくれるだろうか?」
良誠は国と民の安寧を願い、葉延と良誠のような兄弟間の醜い諍いを少しでもなくすために、純蘭を妻にと望んでいるのだ。
(ああ、この方はなんて器の大きな方なのだろう。私の方こそ良誠様のおそばにいたい)
「私のようなものに何ができるかはわかりません。ですが許されるならば陛下のおそばで、皇后として共に生きてまいりたいと思います」
良誠は満ち足りた表情で微笑み、純蘭の体を愛おしそうに抱きしめた。
「二人きりの時は、陛下ではなく、名前で呼んでくれ。純蘭、君を誰より愛している。これからもそばにいてほしい」
「はい。良誠様……」
良誠と純蘭。
幼き頃に出会い、恋に落ちた二人は婚姻の約束を交わした。だが二人は引き裂かれ、再び巡り合うまでに、あらゆる苦難と試練が良誠と純蘭にふりかかった。
そんな二人だからこそ、良誠と純蘭は深く愛し合い、共に良き世界を創っていきたいと願った。良誠と純蘭が造り上げる新しい国は、きっと素晴らしいものとなるだろう──。
了
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