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『退屈』という言葉は言い得て妙だ。
屈することを退く、と言うのは、つまり、誰にも、何にも縛られぬということ。言い換えれば、何も挑戦せず、何にも関わらない(もしくは関わってくれない)状態なんだと、僕は僕なりに解釈している。
何かに失敗して、もう一回を何かをするということは、つまり、『挑戦をする』ということ。
そんなことを考えながら、帰り道にさっき買った発泡酒を開けて歩き飲んでいた。夜空を見上げると、無数の星が煌めいていた。
僕はさっきのゲートで起こったことは、僕を試しているんだとすら思った。あの女性は『挑戦』にすら文句を言っていたということになるんだと思うけど、やっぱり女性の気持ちも分からないでもない。
ただ、分からないでもないけど、ルールには従うしかない。『もう一回』と言われれば、もう一回挑戦するしかないわけで、あまりにも『退屈』を嫌う僕たちは、ルールという挑戦に慣れさせられ過ぎている。
そんな、『挑戦』とか『退屈』とか『ルール』という概念と無縁なのは、夜空に煌めく星達ぐらいか。夜空を見上げながら、思わず僕は「君たちは、自由で良いよな」と、ふと呟いてしまった。誰も聴いてる訳でもないのに、愚痴が溢れてしまった。
「そんなことは無いよ」
返答するように聴こえたその綺麗な声は、頭の中から響くように僕に囁きかけた。でも、気のせいかと思ったので、僕は黙って歩いていると。
「もう一回、ハイタッチしてみせてよ」
また、同じ声が聴こえた。今度はさっきよりハッキリとした口調の女性の綺麗な声で。久しぶりに聞いた綺麗な声で。
僕はキョロキョロしながら、明らかに挙動不審な動きもしてしまったに違いない。でも、その声がどこから聴こえて来たのか、直ぐに分かったから安堵した。
「良かったぁ! やぁ、お帰り」
僕の前に現れた彼女は息を切らしていた。そして、僕へハイタッチを求めている。前まではいつも夜に会うとハイタッチを交わしていた僕ら。
「え? や、やぁ」
「ちょっと見ないうちに、太ったんじゃない?」
「うん、まぁ、ちょっとだけね」
数ヵ月ぶりに会えた彼女は、僕の知らない彼女のように思えた。
「……でも、何で? 何でここに?」
「うん、キミとのこと考えたんだけど、急に会いたくなって」
「そっか」
「タイミングが良かったんだよ。もう少し、遅かったらここで会えなかったかも!」
「え?」
それから、僕たち二人は前みたいに一緒に家までの道を歩いて帰った。そして、今日は久しぶりに二人で家の門をくぐる。そうだ、もう一回やり直してみようと思う。二人で。
彼女は手を上げて、「はい! もう一回!」と言った。
あの無数に煌めく星達のように、距離を取っていた僕ら。やっぱり、煩わしいと思いながらも、またハイタッチを交わしたんだ。
星には届かないけど、僕らの手と手は届いた。
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