キリンの笑顔

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 今日もいつも通りにまぶたをあけ、時間に押し出されて会社へと向かう。  通勤という感情の消えた行為に、今朝は色があった。砂になった心に、興味の芽が先端を出している。  昨日のおじさんはいるのかな。  普段なら、前を進む人の踵にすえる視線を持ち上げ、構内を歩いた。  すぐにみつけた。また柱の根もとで、ビールを片手に座っている。歩調をゆるめ、観察させてもらった。  豊かなロマンスグレーには櫛目が鮮やかで、ひげはきれいにそられ、頬はすっきりと細い。ネクタイこそ締めていないが、ぴっちりとアイロンの当たったホワイトシャツに、折り目のしっかり入ったズボン。隙なくすねにはりついた黒のソックスが、すね毛を完璧に隠して清潔だ。  昨日は普通だと感じたおじさんは、上品だった。  そして今日も缶を手にしている。ごくりとひと口、心地よさそうにのどが動く。  かなりの人数が、ちらちらとおじさんに視線を投げている。みんな、気になるんだろうな。この人の一日は、いったいどうなっているんだろうって。  おじさんは昨日突然あらわれ、今日も同じ場所にいた。明日もここでビールを飲んでいるのかな。これもいつもの風景になるのかな。  そうだといいな。  ちょっと現実離れしたこの景色を、私は毎日目にしたいと願っていた。
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