キリンの笑顔

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 幼稚園から高校にいたるまで、背の順でならぶ時は、常に一番うしろだった。私の次に背の高い女子は、せいぜい私のあごのあたり。列を作れば、いつもつむじを見おろしていた。  中学生の間は学校でもっとも背が高く、高校生になってようやく一人、私よりも上背のある男子が学年にまじるようになった。  これが私のコンプレックス。  キリンはこの悩みに理解を示してくれる動物なのだろうか。  確かめてはみたいけど、私にはキリンと会話をする能力の持ちあわせがない。  混みあう駅の構内でもまれる今の私にとって、百八十七センチはかさばるばかり。  イヤな身長。  くだらない語呂合わせが口癖になっていた。  むやみに長い腕はすれちがう人にぶつからないよう、体にそわせて固定する。  人より大きくなる歩幅は、細心の注意を払って調節する。前で上げ下げされる他人の踵を蹴り飛ばさないように。  通勤とは、見知らぬ者同士が暗黙のルールに従い、歩調を乱すことなく、一定の速度を維持する行為だ。  それでも大量の人はストレスを生み、暑さを上増しする。汗ばんだこめかみに髪がはりつき、目尻を横切るのがうっとうしい。  さして行きたくもない場所に向かうため、多大な労力と時間を費やす通勤は、私の身長と同じく、まったくもってイヤなものだった。  IDカードをかざし、オフィスへの扉をくぐる。デスクにつき、モニターの電源を入れる。このスイッチを押した瞬間、私は意思の失せた歯車になる。  仕事はパソコンの操作と書類の仕分け。誰がやっても同じ結果を生みだす単調な作業。やりがいとは無縁だが、目立つことが嫌いな私にとって、うってつけの仕事だった。  神経質な上司の小言に耐え、お局さまの目から逃れるために肩をすぼめる。他の社員とは挨拶を交わす程度で、自分の殻に閉じこもる。  本当はもう少し上手く人と接したい。しかし、体をちぢこませる癖のせいか、気持ちにも伸びがない。独りぼっちで昨日と変わらない今日をすごし、今日と変わらない明日を迎える。生活の糧を得るため、会社にしがみつく。
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