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人生というのは後悔の連続だ。
どれだけ完璧な人間でも避けられないそれを、大なり小なり抱えて人は生きている。もちろん、俺も例外ではない。
もしやり直せたのなら、俺はどんな人生を送るのだろうか。同じ後悔を抱えるのだろうか。
「はぁ……さみぃ」
独り言ち、白い息をつく。
そんなことは考えてもどうしようもない。答えなんてない。
分かってはいるが、人間は考えてしまう生き物なのだ。
一人、寒さに震えながら冬の夜を歩く。
あたりには眩しいネオンと、わずかに漂うタバコと饐えた下水の匂い。
多くの人間が住むこの町で、俺は何者でもなかった。
すれ違う人たちは皆、なにかに急かされるように歩いている。
反対に、全てを諦めて立ち止まっている人間は、仲間を探してどこかのホテルの横でたむろする。
俺はそのどちらなのだろう。
歩いているのか立ち止まっているのか。
ただ歩いているふりをしているだけの、諦めた人間なのか。
……分からない。
本当にやりたかったことなんて、もう忘れてしまった。
俺にも夢があった。
死んでも叶えたかったはずの夢だ。
全てを賭けて挑戦した。
だがそれはとっくに色褪せ、取り戻すことはできない。
――今の俺は、ただ生きているだけの、中身のないゾンビだ。
『それでは次のアーティストに参りましょう。ただいま人気急上昇中の、One moreです!』
街を彩る大きなディスプレイから聞こえてきた声に、俺は思わず立ち止まる。
下を向いていた顔を上げて見上げれば、そこにはかつての仲間たちの姿があった。
「は、はは……」
乾いた笑いが漏れる。
それは白い息となって、夜の空へ溶けていく。
寒さも忘れて、俺はそれをぼんやりと眺めていた。
「お兄さん、One moreのファンなんすかー?」
「……は?」
「あ、やっと気付いた。今なら一杯目、半額っす〜。すぐに案内できますよぉ〜」
立ち止まってテレビを見ていた俺に声を掛けてきたのは、ショートボブに、今風のインナーカラーが入った、いかにも今どきの女の子だった。
エプロンには、有名なチェーン店の名前が書かれている。どこにでもある、格安の居酒屋だ。
「……いや、いいです」
どうやら客引きらしい。
断り、俺は横を通り過ぎようとする。
「え〜。今なら半額っすよ半額〜。このチャンスを逃したら、お兄さん後悔しますよぉ〜」
その客引きは特徴的な語尾を伸ばす話し方で、立ち去ろうとした俺の前に両手を広げて立ちはだかる。
口調からはやる気が感じられないが、やたらと食い下がってくる。
こう見えて俺は酒は飲まない。タバコも吸わない。
喉を壊す可能性があるものはできるだけ遠ざけてきた。それは命よりも大切で、俺の存在価値だったから。
「別に、いつでもやってる割引だろ。後悔なんてするわけない」
「いやでもぉ〜、本当に今日はオススメなんすよ〜。それにお兄さん、なんか疲れてそうですし〜?」
言いながら、俺の顔を覗き込んでくる客引き。
そこで初めて、俺は彼女の顔を見た。
……ん? どこかで見たことがあるような。
「ん〜? ……お兄さん、どこかで会ったことあります〜?」
客引きも同じことを思ったらしい。
そんなナンパ男のようなことを言われても困るが、俺も見覚えがあるのは確かだ。
この特徴的な話し方も聞き覚えがある。
「その声もどこかで聞いたことがあるような〜?」
むむむ、と頭を捻っている客引き。俺も長い間使っていなかった頭をフル稼働させて考える。
女の子の知り合いなんてほとんどいない。
それにこれだけ若いとなると、可能性は限られる。
あるとすれば、バンドをやっていたときの――。
「「……あっ」」
しばらく考えた俺たちは、同時に顔を上げる。
どうやら彼女も思い出したようだ。
「もしかして、One moreの元ボーカルの坂崎さん……?」
「そういうお前は……あれ、なんだっけ」
「ちょっ。ひどいです〜」
「いや待て、今思い出す……ええと……」
こう見えて、俺は記憶力には自信がある。
しかし、いくら考えても思い出せない。
いや、そもそも名前を聞いたことはない気がする。
しかし目の前の彼女は期待のこもった眼差しで俺を見つめていて、名前が分からないと言える雰囲気ではなかった。
改めて彼女をよく見てみる。
「……ん?」
そのエプロンの胸元には、『藤島』と書かれた名札が付けられていた。
「そうだ、藤島だ!」
「いや、思いっきりカンニングしましたよね……?」
冷めた目で俺を見つめる藤島。なぜバレた。
「いや? してないが?」
「てことは、私の胸を見てたと。……通報していいっすか?」
「カンニングしましたすいません通報は勘弁してください」
とりあえず謝っておく。
彼女……藤島は、俺がバンドをやっていたときのファンだ。
何度もライブに来ていたし、物販も毎回並んでいてくれていた。
そのときに軽く言葉を交わした記憶はあるが、やっぱり名前は聞いたことがない気がする。
「やっぱりカンニングしたんじゃないっすかぁ」
「そっちこそ俺のファンだったんじゃないのか? なんですぐ思い出せなかったんだよ」
「だって、あの時とは見た目も声も全然違うじゃないすか。むしろよく分かったと褒めて欲しいっす」
確かに俺はあの時とは髪型も違うし、声も変わった。
反対に、藤島はあの時とあまり変わらない。変わったところといえば、髪のインナーカラーくらいだろうか。
「まぁ……色々あったんだよ」
「突然辞めたから、びっくりしたんすよぉ? あと少しでメジャーデビューって噂もあったのに」
不思議そうに首を傾げる藤島。
確かに藤島の言うとおり、俺はあと少しで夢が叶うというところでバンドを辞めた。
……歌えなくなったのだ。理由は分からない。
呼ばれた大きなフェス、その本番。
メンバーの演奏が鳴り響くなか、舞台の上でマイクを持ったまま立ち尽くしたあの光景は、いまだに夢に見る。
医者は心因性のものだと言っていた。
確かにあのときの俺は、プレッシャーに押しつぶされそうだった。
思い出し、気分が悪くなってきた。
あのとき俺の夢は終わりを告げ、何者でもないナニカになった俺はダラダラとこの街にしがみついて生きている。
「大丈夫っすか? 顔色が悪いすけど」
「ああ……大丈夫。ちょっと昔を思い出して吐きそうになってただけだから」
「それ、ホントに大丈夫なんすか……?」
まだあのトラウマは拭えない。
何度もマイクを持とうとしたが、その度に強烈な吐き気が俺を襲った。
そんな俺を、バンドメンバーたちは冷めた目で見ていた。
――歌えないお前に価値なんてない。そう言われているようだった。
「……それじゃ、俺はもう行くよ。アルバイト頑張ってな」
言い残し、立ち去ろうとする、
彼女の顔を見ていると、バンドのことを思い出してしまう。俺にとってあのバンドはもう、忘れたい過去だ。
「……せっかく会えたのにもう行っちゃうんすか?」
その声が俺の足を止める。
せっかく会えた、か。
「俺はもう、One moreのボーカルじゃない」
「そんなの関係ないっす」
「……アンタが好きなのは、あのテレビに映ったバンドだろ?」
顔を上げれば、画面の中に元メンバーたちが映っているのが見えた。彼らが楽しそうに演奏しているのを見て、また吐き気が襲ってくる。
「違うっす。私は今の坂崎さんに興味があるんす」
何者でもない俺にはもう何の価値もない。
そんな期待、俺にとっては辛いだけだ。
奥歯を噛み締め、藤島の方を向く。
「音楽を辞めた俺にはもう、何の価値もないよ」
「そんなの誰が決めたんすか。勝手に自分の価値を決めないでくださいよ。私にとっては、坂崎さんはヒーローなんすから」
「……ヒーロー? 悲劇のヒロインじゃなくてか?」
俺は鼻を鳴らしそう返す。
「はい。たまたま入った初めてのライブハウスで見たのが、One moreだったんす」
そこまで話して、一度言葉を切る藤島。
少し興奮しているのか、白い息をなんども吐く。
「……衝撃だったっす。私の地元に、こんなすごい人たちがいるんだって。世界が変わりました」
すごい人なんかじゃない。ただ何かになりたくて、必死にもがいていただけだ。
「……もう、バンドはやらないんすか」
真っ直ぐな問いに、俺の心臓はドクンと脈打つ。
そんなの、無視してさっさと立ち去ればいい。
頭では分かっているが、足は動かなかった。
「やらない。……いや、出来ないんだ。期待してもらって悪いけど、俺はもう歌えない」
「……そうっすか。すいません、変なこと聞いて」
「いいんだ……別に、気にしちゃいない」
「あの……これ、どうぞ」
渡されたのは使いかけのカイロと、一枚のチケット。
「私、バンドやってるんす。まだまだ駆け出しっすけど、よければどうぞ。ホントは2000円なんすけど、お詫びも兼ねてタダにしておくっすね」
――そう言う彼女の瞳は、寒空の下でも分かるくらいの熱を帯びていた。
◇◇◇
人生をもう一度やり直せたなら、俺はまたバンドをやるのだろうか。
それとも、今抱えるこの後悔を避けるために別の選択をするのだろうか。
「はぁ……」
あの日から数日後。
俺はベッドに寝転びながら、藤島からもらったチケットを眺める。ライブが行われるのは、どうやら明日らしい。
捨ててしまおうかとも思ったが、それは流石に出来なかった。
タダでもらった手前、行かなければという気持ちと、彼女のバンドを見て、消えかかっているバンドへの未練がまた生まれるのではないかという恐怖がせめぎ合う。
……タダより高いものはないとはよく言ったものだ。
「まぁ、明日考えるか……」
なんだか考えるのも面倒になった俺は答えを先延ばしにして、机の上に置かれたテレビのリモコンに手を伸ばす。
『――限定300台! いつもは59800円のところを本日に限り、なんと29800円! まさに価格破壊! これは買わなきゃ後悔しますよぉ〜!』
やっていたのはよくある通販番組。
やたらとテンションの高い司会が、よく分からない商品を売ろうと必死に捲し立てている。
……やらなきゃ、後悔する。
そんなことは分かってる。何度も後悔して俺は学んだ。
やってする後悔より、やらない後悔の方が心に残る、と。
俺はもう一度チケットに手を伸ばし、藤島の言葉を思い出す。
『もう、バンドはやらないんすか』
その言葉は、俺に呪いとなってリフレインする。
そして、胸の奥に燻っていたはずの熱にまた火をつけた。
もう一度、人生をやり直せたなら……。
――俺はきっとまた、バンドをやるのだろう。
◇◇◇
翌日。
俺は結局、藤島のライブに足を運ぶことにした。
行かないと負けた気がする。それに、単純に興味もあった。
藤島がどんな音楽をやっているのか。どんな思いで舞台に立つのか。
それを見届ければ何かが変わる気がした。
何者でもない俺も、またやり直せる気がした。
寒空の下、俺はライブハウスへと歩く。
地図なんて見なくても道が分かる。そこは俺たち初めてライブを演った場所だった。
俺たちが始まった場所。
初めて舞台に立ったとき、俺はどんな気持ちだったのだろう。……もう思い出せない。
地下に続く階段を降り、受付の女の人にチケットを渡す。
一瞬こっちを見たが、すぐに興味をなくしたようで、隣に座る男との会話を再開する。
まぁ、誰も俺のことなんて知らないよな。
悲しいような、安心したような複雑な気持ちを抱えたまま、俺は重い防音扉を押し開く。
もうステージは始まっているようだ。開いた瞬間、音の濁流が押し寄せる。
観客はまばらで、そんなところも俺が初めてライブをした時と同じだ。
少ない観客でも死ぬほど緊張したのを思い出す。
声が震えて、まともに歌えなかったっけ。
苦い思い出だが、それさえも今の俺からすれば輝いて見える。
あの頃の気持ちに戻れたら。あの熱を取り戻せたら。
何かが変わるのだろうか。
壁際に立ち、ぼんやりと舞台を眺める。
ちょうど演奏が終わったところのようで、さっきまで演奏していたバンドが機材を片付けている。
彼らはみんな、満足そうで、楽しそうで。
そんな彼らの表情を見ていると、胸がズキリと痛む。
深い息を吐き、ドリンクを一口。安物のコーラの炭酸化が喉を抜ける。
舞台では、次のバンドが準備を始めている。
そこに藤島の姿はなかった。
どうやら彼女の出番はまだのようだ。ふぅ、と一息吐く。
「……なんで俺まで緊張してるんだ」
次のバンドの演奏が始まる。
よくあるメロコアバンド。
決して技量は高くないが、彼らには熱があった。
それが観客にも伝播し、狭い箱の中に熱が籠り始める。
そうしているうちに演奏が終わり、彼らは満足そうに舞台袖へとはけていく。
そして次に現れたのは、藤島のバンドだった。
彼女は緊張した面持ちで機材をセッティングしている。3人組で、メンバーはみな女の子のようだ。
コーラを飲みながらそれを眺める。
あのとき見た藤島とは全く違う。
今にも倒れそうなほど顔が白い。
照明のせいで舞台は熱いはずだが、彼女の顔からは熱を感じなかった。
「大丈夫なのか……?」
とはいえ、俺に出来ることもない。
心配になりながら藤島を見ていると、彼女は観客席に顔を向け、そしてキョロキョロと落ち着きなく顔を動かしている。……まさか、俺を探しているのか?
「……! 坂崎さ〜んっ!」
予想は的中した。
少ない観客から俺を見つけるのは容易かったようで、俺と目のあった藤島が、元気よく俺の方に手を振る。
それを見た周りの客が俺の方を向く。
が、俺を知っている人間はいなかったようで、小声で「……だれ?」「知らない。友達……にしてはおじさんすぎるな」という会話が聞こえてくる。
……だれがおじさんだ。俺はまだ20代だ。
気まずい気持ちを抱えながら、演奏を待つ。
セッティングを終えた藤島が合図を出すと、照明が落ち、静寂が訪れた。
「みなさんこんにちは。『カムバック』の藤島です」
藤島が静かに話し始める。
「……突然ですが、私は引きこもりでした。いじめられて、学校に行けなくなりました。でもなんだか家にいるのも負けた気がして、毎日、夜になると街に出掛けていました。そしてそこで出会ったのが、あそこにいる坂崎さんです」
まさか名前を出されると思っていなかった俺は、少したじろぐ。
周りの観客がまたこちらを向いて、なにかを小声で喋っている。
「……正直言って、演奏はそんなに上手くありませんでした。まだ駆け出しのバンドだったみたいで、観客も多くありませんでした。……今の私たちみたいに」
その自虐に、観客から少しの笑いが起こる。
「ですが、彼らには熱がありました。今まで感じたことのない熱が。……そのまま、帰りにギターを買いに行きました。高かったですが、交渉して10回払いにしてもらえました。そして、次の日、ギターを担いで学校に行きました。なんだかお守りみたいで、心強かったです。……先生には怒られましたが」
語られるのは藤島の過去。
変わったきっかけは、俺だ。
そして、彼女自身の変わりたいという強い気持ちだ。
「そして今、私たちは舞台に立っています。ここにいるメンバーはみんな、私と同じで問題を抱えていました。でもそれは、みんな同じだと思います。問題を抱えてない人なんていない」
俺たちに語りかけるように、想いを込めて話す藤島の表情には、いつしか熱が灯っていた。
「もう一度、立ち向かう勇気をくれた坂崎さん。私もそうなりたい。……だから歌います」
その言葉を合図に、ドラムがビートを刻み出す。
シンプルな4ビート。それにベース、ギターが絡み合い、グルーヴが生まれていく。
――そこに藤島が歌を乗せた瞬間、空気が変わった。
それはあの日、客引きをやっていた彼女のやる気のない声からは想像もできない、人の心を動かす声だった。
強さと弱さ。
相反する二つを持つ彼女の歌声。
曲がサビに差し掛かり、さらに彼女はギアを上げる。
それと同時に、何かを訴えかけるような声の熱に浮かされた観客たちのボルテージも上がっていく。
もう一度、もう一度。
繰り返されるその歌詞。
なにかを伝えようと必死な藤島は、汗だくになりながら歌っている。心を叫んでいる。
俺はそんな彼女の姿を見て、初めてライブをした日の気持ちをやっと思い出せた。
音楽を始めたきっかけは今でも思い出せる。
俺の歌を聴いた両親が、笑顔になってくれたからだ。
それをみんなに届けたいと思った。楽しませたいと思った。ただ音楽をやるのが楽しかったあの日々。
いつしか仲間が集まり、俺の歌は一人のものじゃなくなった。期待に押し潰された。俺は折れてしまった。
――でも、もう一度。
もう一度、舞台に立ちたい。あの熱を感じたい。
強く握りしめた手が、じっとりと汗ばんでいく。
藤島たちの演奏は最高潮を迎え、そして残響とともに終わりを告げる。
「ありがとうございましたっ! カムバックでしたっ」
汗だくになりながら、観客に向かってお辞儀をする藤島。
――その笑顔は、俺の心にもう一度熱を灯した。
◇◇◇
「はぁ……さみぃ」
あの日と同じ独り言を呟きながら、俺は街を歩く。
あの日と違うのは、俺の背中に背負われたギター。
「はい、これどうぞ」
「お、ありがとう。助かるよ」
冷えた手を擦り合わせていると、隣を歩く藤島がポケットから使い捨てカイロを取り出す。
俺はそれをありがたく受け取り、冷えた手を温める。
「……で、これどこに向かってるんすか?」
不思議そうに尋ねる藤島。
こないだのライブハウスとは真逆の方向に歩く俺の目的地は、もう少し先だ。
「着いてからのお楽しみさ」
「……なんすか、それ。急に呼び出されたと思ったら、よく分からない場所に連れて行かれてるんすか、私」
しばらく歩いていると、辺りの建物の雰囲気が変わる。派手なネオンに彩られた建物と、たくさんのカップル。いわゆるホテル街というやつだ。
そのことに気づいた藤島は、顔を赤くしてモジモジし始める。
その口からは「え、ここって……?」とか、「早すぎないっすか……?」なんて呟きが聞こえてくる。
なにか勘違いをしている藤島を無視し、ホテル街を抜け、俺たちがたどり着いたのは、弾き語りの聖地。
「ここって……」
藤島が、小さく呟く。
ここが、俺の再出発点。
もう一度やり直すためのスタート地点だ。
ギターケースからギターを取り出し、アンプとマイクをセッティングしていく。
そして、マイクを藤島に渡す。彼女はそれを大切なもののように受け取る。
「……一緒に歌ってくれるか?」
「は、はい。今なら2000円で歌ってあげます」
それは、あの日タダでもらったチケット代と同じ値段。
「……10回払いでいいか?」
「ふふ。もちろんいいっすよ? 一度と言わず、何度でも歌いましょう」
優しく微笑む藤島。
二人でなら、後悔も怖くない。
失敗も分かち合える。
冬の夜空に、俺たちの歌が流れていく。
まだ声はうまく出せない。あの頃には全然及ばない。
でも、それでいい。
――俺の心に宿ったこの熱は、間違いなく本物だから。
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