第一話『柳田さんに取り憑かれた日のこと』

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 「・・・少し前までは、この手も普通に見えてたんだけどね」  柳田さんはこんな状況にも関わらず、気丈な笑みを浮かべている。  時間が経過するにつれ、だんだんと柳田さんの身体から色が消えていっているらしい。それは、つまり━━  何と言っていいか分からず黙り込んでいると、彼女はにわかに真剣な眼差しで、僕の目をまっすぐ見据えてきた。  「この調子だと、陽が沈む頃には、私は綺麗さっぱり消えてなくなっちゃうと思うんだよね。だから━━」  ━━━その前に、私にはどうしてもやらないといけないことがあるの。  「お願い、力を貸してください」  そう言って、柳田さんは深々と頭を下げた。  「・・・」  僕はしばらく考えた後、はぁとため息を吐いた。  「犯罪じゃないならいいですよ」  「キミ、私のこと何だと思ってるの?」           ※  ━━━ねぇ、こんな話、知ってる?  ある所に変わり者の青年がいた。  青年は家へ帰る途中、一人の地縛霊に遭遇する。  「何とお気の毒な。私には祈ってあげることしか出来ませんが、貴方が成仏出来ることを願っております」  青年は地縛霊に手を合わせた。地縛霊はすすり泣き、  「私のようなものに情けをかけていただき、誠にありがとうごさいます。・・・あの、厚かましいことは重々承知なのですが、貴方様にお願いしたいことがございます。どうか、お聞き届けくださいませんでしょうか?」  と、言った。  人の良い青年は「私に出来ることならば」と言い、頷いた。  地縛霊は満足げな笑みを浮かべた。  「ありがとうございます、お優しい方。では、これから言う場所に、私を連れて行ってくださいませ。場所は道すがらお伝えしますので、まずは共に歩きましょう」  言われるがまま、青年は地縛霊と一緒に歩き始めた。  「雑貨屋」「郵便局」「図書館」「屠殺場」「公園」「薬局」「インドカレー屋」「板金屋」「喫茶店」「ナイトプール」「公民館」「カラオケ喫茶」「どうしようもない不良が最後に行き着く県内最低偏差値の私立高校」「ビニ本自販機」「居酒屋」・・・etc  地縛霊は次々と場所を告げ、青年を町中連れ回した。  そして最後に、地縛霊は墓地に連れて行ってくれと青年に頼んだ。  墓地に辿り着くと、その中にあった一際古い墓の前で、青年は佇んでいた。  「・・・ありがとうございます。お優しい方」  青年の口から、地縛霊の声が漏れた。  「貴方様が長い時間私と過ごしてくれたおかげで、私は貴方様の身体を乗っ取ることが出来ました。貴方様の身体は、これから私が大切に使わせていただきますね・・」  そう言って嗤った青年の面相は、地縛霊と瓜二つだったという━━           ※  「あー・・ここの神社って、確か神主さんが寺生まれで除霊とか超得意って噂なんですよね。ちょうどいいから寄っていこうかな。タチの悪い悪霊が取り憑いてることだし」  そう言って、神社に続く階段を登ろうとすると、柳田さんは大慌てで「待って待って待って」と止めてきた。  「冗談じゃん! 軽いジョークじゃん! これは作り話だって! 私、キミの身体を乗っ取る気なんて更々ないから! というか、幽霊になったばかりで、人の身体を乗っ取る方法なんて知らんし!」  僕は疑わしげな眼差しで柳田さんを見やった。  「怪しいなぁ・・。そんな気がないなら、こんな話します? 普通」  「そ、それは、キミが頓珍漢な受け答えばっかしてムカつくから、ちょっと脅かしてやろうと思って・・」  「頓珍漢? 失礼な。僕ほど誠実な受け答えが出来る高校生は中々いませんよ?」  「誠実な高校生は実家が田園調布で今はタワマンの八十階に一人暮らししてるとか、付き合ってる彼女が365人いて閏年にだけ会える子が一人いるとか、そんなクソみたいな嘘は吐かないと思いますけど!?」  「知らない人に自分の個人情報をバカ正直に教える人はいませんって。というか、閏年って無くなるらしいですね。閏秒とかも無くなるのかな?」  「知るかバカ!!」  柳田さんは子どものように地団駄を踏み始めた。腕をブンブン振り回しているが、彼女の身体は実体がないので当たっても全然痛くない。というか、すり抜けている。  「私には時間が無いの! 分かる? じ・か・ん・が・な・い・の・ッ!」  僕は、「はぁ」と答えた。時間が無いのなら、僕の個人情報を探ろうとしたり、変な作り話を披露したりしなければいいのに。  僕がそう言うと、正論が突き刺さったらしく、柳田さんは顔を真っ赤にして「ぐぎぎ・・」と唸った。  「・・・キミ、頭おかしいってよく言われるでしょ?」  「全然。でも、幼稚園の時から、内申書にはいつも『他者への共感性が著しく欠けている』って書かれますね。何でか知りませんけど」  「・・・」  柳田さんはどっと疲れた顔をして、  「・・・ガチのサイコパスじゃん」  と、呟いた。
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