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それから、柳田さんは僕との間にトラック一台分の距離を置くようになった。心の距離は、たぶんそれよりずっと離れている。こっちは親切で付き合ってあげているというのに、どうしてこんな酷い仕打ちを受けなければいけないのだろうか? とかく、世の中とは理不尽なものである。
ため息を吐きながら歩いていると、いつの間にやら目と鼻の先に『目的地』が見えてきた。柳田さんに顔を向けると、彼女は「うぇっ」と毒虫に遭遇したような声を出したが、僕は心が強いので何事もなかったふりをして尋ねた。
「柳田さんの言ってた目的地の運動公園、もうすぐ着きますけど、これからどうするんですか?」
柳田さんは、「運動公園に一緒に来て」としか言わなかった。なので、僕は未だに彼女の抱える『やらないといけないこと』とやらの中身を聞いていないのである。
不審者から身を守るような動きを見せていた柳田さんは、運動公園の入り口を目にし、「あっ」と、夢から覚めたような声を出した。
「着いちゃったかぁ・・」
柳田さんは遠い目をして佇んでいる。その膝下から先は、すでに見えなくなっていた。心なしか、先程よりも全身が『薄く』なっている気がする。柳田さんに残された時間は、いよいよ少なくなってきたらしい。
何とも形容し難い気持ちで柳田さんの横顔を見つめていると、ふと、僕はあることに気が付いた。
「柳田さん」
「ん?」
「柳田さん、今日はいつもより三割減くらいブスに見えるんですけど、何かしました?」
「お前、私が昇天したら憶えとけよ? あの世から一番キツい地獄に引き摺り込んでやっからな?」
※
どうやら、僕はまたもや柳田さんの好感度を下げてしまったらしい。
ころす、というオーラを隠しもせずに前をズンズン歩いて行く彼女の背中を見つめながら、僕はやれやれと肩をすくめた。
空に目を向けると、太陽が夕日の色を帯び始めていた。子供の頃、その毒々しい朱色を眺めていると、意味もなく不安な気持ちになってしまうことがあった。
今日の僕は、久しぶりにあの頃の不安を思い出している。
「・・・返事をね」
柳田さんが急に立ち止まり、独り言のように呟いた。
「私は、ある人に返事を届けてあげないといけないんだ」
こちらに背を向けて喋っている柳田さんは、先程よりも一回り小さく見えた。
「・・・何の返事なんですか?」
何故だかその後ろ姿が見ていられなくて、僕は彼女の独白を遮るように口を出していた。
柳田さんは、僕の方へゆっくり振り向き、
「告白の返事」
と、言った。
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