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私には産まれた頃から知ってる子がいてね。その子は隣に住んでいて、名前をたかし君って言うんだけど、そのたかし君がこの間━━事故に遭う前の日、急に私のこと呼び出してきてさ。何だろうなーって思ってたかし君の家に行ったら、「好きです、付き合ってください」って言われちゃって。私、びっくりしちゃってさ。今まで姉弟みたいに思ってた子からいきなりそんなこと言われて、私、どうしたらいいか分かんなくなっちゃって・・返事はまた今度って言って、逃げちゃったんだよね。
だから、私は消える前に、あの子に告白の返事を届けてあげたいの。
それが、私の心残り。
※
独白を終えた柳田さんは、儚げな笑みを浮かべて目をつむった。
バナナの皮で滑って転んだことを事故という言葉で押し切ろうとする強い意志を感じたが、流石にここは黙っておく。
「返事はどうするんですか?」
「んー? 断るよ」
柳田さんは事もなげに答えた。
「え、今の話の流れで断るんですか?」
「そ。断るの。断って、ちゃんと私のことを忘れられるようにしてあげるの。たかし君優しいから、告白の返事を聞けないまま終わっちゃったら、たぶん一生私のことを引きずると思うんだよね。だから、ちゃんと言ってあげるの」
そう語った柳田さんの顔は、今まで見た事もないくらい優しくて、綺麗だった。
その表情を見て、柳田さんは本当にたかし君のことが好きなのだなと気付く。
思いの外、心に鈍い痛みを感じた。
「たかし君は元気な子でね。この時間はいつも運動公園で遊んでるんだ。多分この辺りに・・あ、いたいた」
そう言って、柳田さんはたかし君を指差した。
たかし君の背丈は僕の膝上くらいまでしかなかった。
どう見ても幼稚園児だった。
※
「待って待って待って! 違うから! そういんじゃないから!」
「柳田さん。僕、最初に言いましたよね? 犯罪じゃないならいいですよって。でもこれ、犯罪じゃないですか? 柳田さんがペドフィリアだったなんて残念です。最低です」
「だから違うっつってんでしょ! 隣に住んでる美人で優しいお姉ちゃんにガキが恋しちゃったってだけの話なの! やましいことなんて何もないから!!」
「どうだか」
「あ゛?」
僕らがギャアギャアと言い合っていると、
「あ、へんなま姉ちゃんだー」
いつの間にか、たかし君が側に来ていて、柳田さんを指差して笑っていた。
「へんなま姉ちゃん?」
「へんな名前の姉ちゃんの略。事実だから何も言えんの。・・・っていうか、たかし君。私のこと見えるの?」
たかし君は不思議そうな顔で小首を傾げ、「うん」と言った。
「でも、今日の姉ちゃん、何だかスケスケだねー。それに、お顔もちょっと不細工ぅー」
「あはは。すり潰すぞー、クソガキー」
柳田さんは引きつった笑みを浮かべた。そして、何故か僕の方を見てガックリと肩を落とした。
「まじか・・。たかし君に私の姿が見えるんなら、私の今までの無駄な時間とストレスは何だったの・・」
「僕としてはありがたいですけどね。幼稚園児に幽霊からの告白の返事を届けるなんて、翌日事案通報まったなしですから」
柳田さんは横目で僕を睨んできたが、すぐに諦めたような顔をしてため息を吐いた。そして、ふと真顔に戻ると、
「たかし君。ちょっと、大事な話があるんだ」
と、言った。
その言葉を受けて、僕はゆっくりとその場を離れた。
ここから先は、部外者が聞くべき話ではないからだ。
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