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公園のベンチに腰掛けていると、五分もしないうちに柳田さんが戻ってきた。
「早かったですね」
戻って来た柳田さんは、何故か不服そうな顔をしている。一言も喋らないまま、黙って僕の横に腰かけた。
「幽霊でもベンチに座れるんですね」
「やってみたら出来た。というか、私が幽霊なこと忘れてたし」
そう言って、柳田さんは深々とため息を吐いた。その疲れ切った感じで、何かあったのだろうと察しがついた。
「私、たかし君にさぁ、告白の返事したじゃん。そしたらあのガキ、何て言ったと思う?」
━━━ぜんぜんいいよ! だって、へんなま姉ちゃんは『きーぷ』だから。
「たまげたなぁ」
新人類の夜明けを垣間見たような気がして、僕は思わず感嘆の息を漏らした。
「実体あったら引っ叩いてやったのに。あーあ、優しい子だと思ってたのになぁ・・。ありゃ、ろくな大人にならんわ」
「確かにあの子、襟足長かったですもんね」
「それ何の関係あんの?」
「僕の独自調べによると、襟足の長い幼稚園児は将来高確率でチャラ男になるんですよ」
「キミは全国の襟足が長い幼稚園児を持つ親御さんに生爪を剥がされろ。・・・あーあ、ホント、バカみたい・・」
柳田さんは両腕を伸ばし、何度目か分からないため息を吐いた。
そして、ポツリと呟いた。
「私、何のために幽霊になったのかな?」
僕は何も答えられず、ただ黙って前を向いていた。たぶん、彼女も答えなんて求めていないのだろう。
それから、僕らは二人ともしばらく黙っていた。
太陽は山の稜線に沈みかけている。ふと地面に目を向けると、そこに伸びる影は僕一人分しか映っていなかった。現実を直視するのが恐ろしくて、僕は怯えたようにじっと自分の影だけを見つめている。
「そういえばさ、ちょっと気になったんだけど」
僕は前を向いたまま、「何ですか?」と応じた。
「キミ、何で私がすっぴんって分かったの?」
はあ?と言い、横に目を向けると、不思議そうに僕を見つめる柳田さんの顔があった。
「たかし君に『お姉ちゃんお化粧はちゃんとした方がいいよー、油断し過ぎー』って言われて気付いたんだけど、私今すっぴんだったわ。いつも顔合わせてるたかし君はともかく、キミよく気付いたよね?」
言われてみれば確かに、今日の柳田さんはすっぴんのせいで、いつもより三割減でブスだった。ちょっと考えれば分かることだが、柳田さんの本体(?)は病院なのだから、すっぴんなのは当然だった。
・・・でも、例えすっぴんでも、柳田さんは、テレビに出ているアイドルなんかよりも、ずっとずっと可愛いけれど。
そんなことを考えていたら、僕は何だか照れ臭くなってしまい、柳田さんから目を逸らしてしまった。
「・・・なんとなく、です」
僕がそう答えると、柳田さんは眉根を寄せた。
「私、遅刻しそうになった時、たまにすっぴんで登校することあるんだけど、バレたことないんだよね。何せこの私様は、すっぴんでも顔面偏差値八十以上あるウルトラ美少女だから」
「それ、周りが気を遣って言わないだけじゃないですか?」
言われてみれば、「今日の柳田さんなんか違うなぁ」と思う日はちょいちょいあった。あれは、すっぴんだったからなのかと納得する。
「意外と分かるもんですよ、いつもと違うって。元が良すぎるから、すっぴんだとは思いませんでしたけど」
僕がそう言うと、柳田さんは急に立ち上がり、「ん? んん?」と言いながら、僕の周りをウロチョロし始めた。柳田さんは何かを考え込むように口に手を当て、僕の顔をじっと見つめている。
「・・・何ですか?」
「キミ、今『いつも』って言ったよね?」
喉の奥から、「うっ」という音が漏れた。
柳田さんの目には、邪悪な愉悦が灯っていた。
「いつも、ってことは、いつも私のことを見てるってことだよね? あれ? あれれ? キミさ、もしかして━━」
柳田さんの手の隙間から、これでもかと言わんばかりに吊り上がった口の端が見えた。
「私のこと、好きだったりする?」
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