第一話『柳田さんに取り憑かれた日のこと』

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第一話『柳田さんに取り憑かれた日のこと』

 放課後。高校の正面玄関を抜け外に出ると、ふと、電柱の影に隠れるようにして誰かが佇んでいるのが見えた。  「・・・あれは」  腰まで届く長い黒髪と、ほっそりした手足。電柱から顔が半分しか出ていないが、あの美しい顔立ちは、美人で有名な柳田さんに間違いあるまい。  (・・・でも、柳田さんは今・・)  先日、道に落ちていたバナナの皮を踏んづけて転倒し、意識不明の重体であると聞いている。もうかれこれ三日ほど入院しているはずだが、ここにいるということは意識を回復したのだろう。しかし、いくら何でも退院するのが早すぎる気がする。三日も昏睡していたのだから、普通はもっと検査とかするのではないか? それに、あんな所に隠れるような真似をして、いったい何をしているのか━━  内心で首を傾げていると、ふと、僕は違和感を覚えた。  (・・・柳田さんの身体、ちょっと透けてない?)  誤解なきように言っておくが、決して服が透けているという意味ではない。彼女の身体全体が、まるでホログラムのように薄ら透けているのだ。  最初は見間違いだと思った。しかし、目を凝らせば凝らすほど、柳田さんの身体がおかしいことに気付く。電柱の後ろにあるブロック塀、その継ぎ目が、彼女の身体越しにはっきりと確認できるのである。  僕はゆっくりと目を瞑った。そして、一度も話したことの無い柳田さんのことを想い、心の中で涙を流した。  柳田さんは、たぶんもうこの世の者ではないのだろう。          ※  柳田おれんじ。  出生届を出す際、役場とだいぶ揉めたキラキラネーム。成績は中の下、運動は下の上、容姿は上の上。性格は諸説あり。  見た目に全振りし過ぎてそれ以外が微妙になってしまった人だが、僕の通う高校の中では間違いなくナンバー1の美少女である。それがまさか、こんなことになってしまうなんて・・。  僕は心の中で黙祷し、柳田さんからゆっくりと目を逸らした。  柳田さんが何故化けて出たのかは分からない。きっと何か未練があるのだろうが、僕にはどうしてあげることも出来ない。校門の周囲には結構な数の学生がいたが、柳田さんに気付いていそうな人は誰もいなかった。何故か僕だけが、彼女の姿が見えているようである。どうやら僕には隠された能力━━霊能力があったらしい。  (・・・でも、そんな隠された能力はイヤだなぁ・・)  「ねえ」  どうせ人と違う能力があるのなら、お金儲けに使える能力が欲しかった。まあ、霊能力もお金儲けに使おうと思えば使えるのだが、高確率で詐欺師扱いされるだろう。それはしんどい。  「ねえ」  ならいっそのこと、オカルト系のインフルエンサーになってやろうか? 日本全国の心霊スポットを巡り、ホンモノの心霊動画を狙うのだ。いいのが撮れたら、高く買い取ってくれそうなテレビ局に持ち込みをして━━  「ねえってば」  振り向くと、そこに柳田さんが立っていた。  「・・・」  「・・・」  柳田さんは、僕のことをじっと見つめている。  「私のこと、視えてるよね?」  「・・・いやぁ、気のせいじゃないですかね?」  僕は、そっと視線を外した。  「視えてるじゃん。目が合ったじゃん。聞こえてるじゃん」  「・・・いやぁ、気のせいじゃないですかね?」  僕はその場で回れ右をし、足早に歩き始めた。本当は走って逃げたかったが、下手に走ると相手を刺激してしまいそうで怖かったのだ。  ・・・あれ待てよ? 確か野生動物って、逃げる際に背中を見せるのはマズイんじゃなかったっけ? ならこれは悪手なのでは、と思い、後ろを振り向くと━━  「・・・」  結構な至近距離に、柳田さんの顔があった。  「すいません、怖いです」  「・・・」  柳田さんは僕の抗議を無視し、ガンガンに距離を詰めてくる。彼女の顔の向こう側に、学校へ続く坂道と、談笑しながら下校する生徒たちの姿がぼんやり見えた。  「何で僕についてくるんですか?」  「そんなの分かるでしょ? 私の姿が見えてるのがキミしかいないから追いかけてんの」  そりゃそうですよね、としか言えなかった。  僕は後ろ歩きのまま駆け足になるという中々器用なことをしながら、柳田さんに言った。  「なら、あと三時間くらい校門の前で粘ってくださいよ。そしたらきっと、僕よりも優しくて頼りがいがあって問題解決能力に優れた素晴らしい霊感の持ち主が現れますって」  「そういう完璧な物件を見つけたいのはやまやまなんだけどさ━━」  柳田さんは急に足を止めた。  今だダッシュだ!という心の声を抑え込み、僕は立ち止まって柳田さんの方を見た。  「私、あんまり時間が無いっぽいのよね」  手をひらひらさせながら、柳田さんは寂しそうな笑みを浮かべた。  その手は身体と違ってもうほとんど色を失っており、その後ろにある景色がはっきりと見えていた。
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