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突然聞こえた声にビクッと肩がすくみ、反射的に顔を左へ振った。
「……なにがですか」
ドア沿いの壁にもたれていた一糸先生が、気怠そうに空を仰ぎ、煙を吐く。
この人が最悪なタイミンで登場するのは、これが初めてじゃない。だが生憎と、今はお上品に振る舞う気力もない。
「何がって、泣いてんじゃん」
「泣いてません!」
きっぱりと否定してから、先生と距離を取るべく、フェンスへ向かって歩き出す。
程なくして、ギィッ、と情けない音が背後で鳴った。その余韻が消えるまで待ち、目元を拭う。
……カンナは、どう思っただろうか。怒っているだけならまだいい。でも、もし心配させていたら。
自分が不甲斐なさ過ぎて、フェンスを握る手に力がこもる。
7月らしい熱を孕んだ風。嫌でも聞こえてくる、生徒達の楽しげな声。その一つ一つを肌で感じながら、込み上げてくる悔しさを鎮めるために、目を閉じる。
――直後、背後でまたドアが唸った。
先生は既に出て行ったので、これは誰かが来た音だ。それがカンナかもしれないと思うと、振り返るのが怖い。
身動きとれずにいると、掴んでいたフェンスが軋み、人の気配が左に並ぶ。
諦め半分で隣を盗み見て、唖然とした。
「何でいるんですか?」
「お前には弱み握られてるようなもんだし、優しくしとかないとな」
フェンスに背を預けて佇む一糸先生が、視線だけをチラリと向ける。
「落ち着いたか?」
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